卒業の歌、友達の歌 | ナノ
授業中に窓の外を眺める
「つまり体言止めを用いることでこの作品はより深い作者の憧憬を表して」
真面目な、でもどこか怠惰な空気が授業中の教室に流れる。
5限目の教室にはさっきまで女子が広げていた弁当の匂いや休憩中の覚めやらぬ熱、太陽が発する暖かな光が締め切った部屋に充満しており、それは生徒という強制的に机に縛り付けられている者たちを眠りの世界へと誘うには十分な要因となっていた。
翔流はそんな空気のなか、こっそりと学ランの内側(というか下に着ているパーカー)に隠したipodでBUMPOFCHICKENのアルバムを聞きながら窓の外をぼうっと眺めていた。
『唇から 零れ落ちた ラララ』
「作者は若い頃は画家を目指し」
『ほんの少しだけ 大気を揺らした ラララ』
「ある時期からは短歌について」
ダメだ、先生の声とボーカルの声が上手く重なる。生徒からも同僚からも怒る姿が想像出来ないと言わしめる古典担当、原幸雄(38)はその気性同様おっとりと、穏やかな授業をすることで有名だった。もちろん、現在の空気なんかまさに「おっとり」や「穏やか」がぴったりだ。だが翔流からしてみればそんなのどうでもいい。問題なのは自分が睡魔に襲われているということだ。
次の授業は記憶が正しければ体育、しかもサッカーである。グラウンドと更衣室が離れているこの学校で1分1秒の遅れは禁物。下手したら遅刻票を生徒指導室まで取りに行かされることもままある。自分が寝て、起こしてくれる奴がいればいい。だが響希や将吾は絶対に起こしてくれないだろう。そしてクラスの奴らも悪乗りが大好きだからきっと起こしてくれない。
とりあえず外を眺め体育館の様子を眺めたり、そこをたまに散歩として通る近所の保育園の子供たちを眺めたりと忙しなく視線を動かすことでなんとか意識を保つ。
おれ、もうダメかも・・・。
ふわふわと、脳が柔らかくなるような、それともそんなものがなくなったかのような感覚が襲ってくる。これは眠くなる前兆だ、ダメだ、ダメダメ。だって俺一回寝たら起きられないもん、ヤバイってヤバイっしょ。何とか睡魔から逃げるように今度は聴覚を働かせる。
『――・・・くかい 死にたくなるよ 生きていたいよ』
「―――・・・なく、・・・・か・・――くごきょ・・・なさい」
なんだか皆の視線が集まっているような気もする。あとなんか先生が言っているのが聞こえる。だが、翔流はそれ以降のことを何も覚えておらず、さらに体育には見事に遅刻した。
放課後。将吾は鞄を持ち、おもむろに翔流に話しかける。
「お前あとで国語教務室に行けよ」
「なんで・・・?」
その翔流の純粋な疑問に将吾は相変わらず無表情に、だがどこか呆れた様子で翔流を見た。
「覚えてないのか?原に課題出されただろ?」
そういえばと思い出すと落ちる前に何か言われたような気がした。もちろんその記憶すら正しいかも怪しいものだが一応聞いてみた。
「なあ、あのとき原先生、なんつったの?」
「『本名くん、後で課題あげるから国語教務室にきなさい。』」
「・・・・・」
「ダメだこいつ完全に覚えてねぇ」
いつのまにか箒を持った響希がアホくさい、とも言わんばかりの目線で翔流を見る。翔流は顔の色を蒼白にして、微妙なもちろん引きつった笑顔を浮かべていた。
「僕も音楽を聴くのは好きだし没収されたらイヤなのは知ってるから没収はしないけどね、でももうちょっと隠し方を考えたほうが良いと思うよ?」
「すみません、そしてありがとうございます・・・・」
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曲:BUMPOFCHICKEN「才悩人応援歌」
補足:うちの高校は近所に幼稚園か保育園があってよく子供が保育士さんと一緒に散歩しに学校内を闊歩してたんです。あとグランドは川を挟んだ向こう側にありました。
あとこんなにお優しい先生は存在しません。
アイポなんか見つかった日には即没収で卒業式まで返してもらえないです。
没収されたこともないんでわかりませんが、没収されたもの(携帯除き)は卒業式まで返してもらえないという噂がまことしやかに流れていたような気がします。
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