卒業の歌、友達の歌 | ナノ
常にジャージ
「なんで体育の先生ってジャージなんだろ」
何気なく翔流は言って、ビスコを口の中へ放り込んだ。放課後の教室で男子三人が固まって話しに花を咲かせる。とは言いようで三人の手にはシャーペンが握られている。勉強中だ。
「それは、アレだろ、やる授業が体育以外ないからだろ」
響希は興味なさそうに言うと、目の前に広げられているノートに書かれている単語を素早く自分のノートに書き込む。勉強中ではあるが、答えを写しての勉強だ、間違っても自分で解く気はさらさらない、響希に限っては。
「えーと・・・つまり?」
「・・・お前・・・」
「・・・つまりスーツ着てバスケやマラソンの指導はできないってことだな」
理解能力が著しく乏しい翔流のために簡単に説明をしながら将吾は赤いペンを走らせる。翔流は「なるほどぉ」と言いながらさらさらさらと優雅とも言える赤い動きを目で追う。そっかそっか、なるほどねー、と呟いている翔流に呆れた目線をおくり、将吾は静かにノートを目の前へと置いてやった。
「三番と四番、あと演習問題が違う」
「えー!?なんで?なんで??」
「お前の頭が弱いからだろ?」
「お前は翔流を見習え」
プッと鼻で笑う響希を一蹴する。最初から諦めてやらない響希より、出来ないことをわかりつつも頑張る翔流の向上心、である。
「ちっがうしー、俺、ちょっと爪隠してるだけだしー」
「隠すなさらけ出せ」
「そうだそうだー」
いやー隠した爪をさらけ出すのはやっぱここぞ!というトコでしょー、などと言う響希を完全に無視して、将吾は教科書から解説に必要なページを開き翔流に見せてやる。シャーペンを握りばっちこい!という姿勢で翔流はのぞむ。
「まず三番、この英文法の訳から見てthereを使んじゃなくて・・・」
「え?でも関係代名詞って・・・」
「教科書の26ページに説明が・・・」
ふたたび素早くページをめくり、シャーペンで例題の場所を指し示す。その場所を見ながら翔流はぐっと眉根を寄せた。そして限りなく真剣な目つきで現在教師役をしている将吾の眼鏡の奥にある知的な目を見つめて一言言い放った。
「そんなん習ってない」
「迷いなく嘘つくな」
真剣な目つきの翔流と同じくらい、迷いなく言い切ると将吾は自分のノートを閉じた。すると響希が激し動作でノートを奪おうとするが、己のノートを守るために将吾はなめらかな動きでそれをかわしてカバンの中につっこんだ。
「あー!俺まだ半分しか写してないんですけどぉ!!」
「訳くらい自分でやれ」
しょうがないものを見る目で冷たく言い放つも、響希は「マジかよぉありえねぇ」と頭を抱え辞書を取り出す気配もない。翔流は「あれ?習った?おれ休んでなかった?いた??」とひたすら疑問をつぶやき続ける。将吾は冷静に眼鏡拭きを取り出して、レンズを軽く拭いた。
いつまで経っても、帰れる気がしない。珍しく三人は同じことを考えた。
「・・・俺さ、もうずっとジャージでいようかな」
「・・・ずっと体育だけ受けるつもりか」
「ソレは天職だわ」
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