リストバンドカット | ナノ


 空の茜色は姿を隠し、いつの間にか完全に夜空へと変わっていた。
 付き合う、そう言って唯の後ろをただ歩くだけで真田は何も言わない。

「昨日学校に行ったんだ」

 歩きながら唯は話し始める。

「今は夏休みのはずだ」

「登校日だったから行っただけ。やっぱりていうかなんていうかさ、さすがに入学式も行ってなかったからかなり変な目で見られちゃった」

 へへへ、と笑う後ろ姿に真田は呆れた視線を送り、少し歩調を速めて隣に並ぶ。
 心許ないわずかな街灯が二人を照らすが、光が弱いせいで表情がまったく見えない。いつもタイミング良く彼女の表情が隠されているのは妙な奇跡の力なのか、彼女がわざと隠しているのか。
 どちらにしろ腹立たしい話である。

「オニーサン、あたし最後に学校にまともに行ったの中三の夏までだったんだ」

「関心はせんな、そもそも学生たるもの勉学に励むべきだ」

「そうだね。でもね、あたし思うんだ」

 唯は足を止めて正面から真田を見上げた。

「机を並べて決められた席に座って、休憩時間になったら他人に合わせなきゃならない、そうやって自分を隠さなきゃならないのにどうしてみんな学校なんかに行くの?」

 真剣な目で素朴な疑問をぶつけられ真田はたじろぐ。その様子に唯は「ごめん」と言うと正面へと向き直り、シュンとうなだれてしまう。

「オニーサンに聞くことじゃなかったかも」

「まったくだ。第一そこまで耐えてまで行く必要はなかろう」

「あたしはね。でもお父さんとかが行けって言うから仕方なく受験したの」

 口を尖らせてわざとらしく拗ねるが、真田には唯よりも唯の両親の気持ちのほうがよくわかった。

「親に心配をかけるなど…」

「いいんだって別に、だって自分の子供がフリーターになるのが嫌なだけなんだし。まあ不登校でも嫌なんだろうけどー」

 真田は立ち止まる、それにつられて唯も足を止めてはるかに高い位置にある気難しい顔を覗き込んだ。
 相変わらず気難しくて何を考えているかさっぱりわからないけれど、眉間に寄った皺や引き結んだ口元から何かを言いたいことは伝わった。

「あたしが学校に行かないのは、嘘のあたしが一番目立っちゃうからでさ」

 こういうふうに真田が上手く話せない時は自分が言いたいことを言うと唯は決めていた。だから遠慮なく自分自身のことや、思ったことを話すのだ。

「本当のあたしが透明人間みたいにいなくなるのは嫌だから、学校に行きたくないんだ」

 相槌はないけれど、お構いなく唯は話す。

「でもオニーサンが言ってくれた言葉が嬉しくてちょっと頑張ってみた。けどやっぱダメだねェ、上手くいきそうにないや」

「誰が駄目などと言った」

 唯は真顔で「言われたことはないね、そういえば」などと返すが、あえて空気を読まない彼女を無視し真田は話を続ける。

「お前が己の意思で一歩踏み出したのならばさらに進めるに決まっとる。諦めるのはまだ早い」

 きっぱりと断言するが、まだ何か言い足りないのか少しだけ思案し、小さく咳ばらいをする。

「…それと、お前に見せたいものがある」

「何?」

「全国大会の決勝戦だ。立海と青学の対戦…俺たちの試合だ」

「ふうん…白熱する?」

「無論だ」

 何せ全国大会三連勝がかかっているのだから。
 その言葉に唯は興味なさ気にへえ、と呟き「場所はどこ?」と尋ねる。一応来る気らしい言葉に、真田は胸を撫で下ろした。
 場所と時間を伝えて改めて周りを見回すと、完全に夜となっていることに気付く。

「送る、家はどこだ」

「えーべつにいいよー。てかオニーサン紳士ぃ〜かっくいー」

「ふざけるな、落ちるぞ」

 真後ろが川であることを指摘するが気にした様子も見せずにその場でクルクル回る。言葉どころか行動までもここまで理解しづらいとさすがにわけがわからなくなる。けれど唯は「だいじょーぶだって」と言って真田を指差して笑う。

「オニーサンがまた助けてくれるでしょ?」

 無邪気な笑顔に脱力する、ここまで信用されているとは思わなかったからだ。

「人を指差すとは何事だ!」

「ごめんくさーい」

 楽しそうな笑顔に安心する。
 明日は勝つ。真田は鞄を抱え直した。


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