リストバンドカット | ナノ


 スポーツショップで真田は商品を見ながら、ラケットのガットの張り替えが終わるのを待っていた。
 毎日の厳しい練習のせいか最近はシューズの摩耗も激しく、そろそろ替え時なのかもしれないと考えながら様々なスポーツ用品に目を向ける。
 シューズ、ラケット、ボール、ガードテープ。テニスに関連するものは当然、野球、サッカー、陸上などの用品に目を向ける。
 視線を横に向けると、サンバイザーやシャツなども売っていた。しかし真田の視線を奪ったのは一つのリストバンドだった。
 珍しく女性用と銘打ってあるソレは、女性が使用するにはあまりにも無愛想な真っ黒なものだが、真田はシンプルであればあるほど好感を持った。

「出来ましたよ」

 レジから声がかかり、そちらに向かおうと足を向けた。そして同時に手にリストバンドを掴む。
 決して自分が使うわけではない、そもそもこれは女性用なのだからサイズが合わないだろう。しかし唯ならば調度良いはずだ。
 店員に「これもお願いします」と差し出せば、何を勘違いしたのか「お包みしましょうか」と返される。スポーツショップに包装というサービスがあることに驚きつつ「そのままで」と言っておいた。
 珍しそうに見てくる店員から視線を逸らして、ため息をつく。
 何故買うのかと聞かれても、自分でもわからないのだ。
 ただあえて言うなら、自己満足以外の何物でもないのは確かだろう。


 唯は鉄棒に乗り足をぶらぶらとさせ、ぼんやりと夕焼け空を見上げた。鮮やかな橙が、マッチの炎と被る。
 あれは本当に辛かった。意外にジクジクと痛みが続くし、うっかり服に燃え移りかけて本気で死にかけたし。
 唯は真田を思い出す。きっと自殺志願者だと思われているだろう。その勘違いは別に構わないけれどあの勘の良さは大変困った。
 別に死ぬ気はないし、そのために自傷行為に及んでいるわけでもない。だけどたまに死にそうになってしまい、病院に行くと精神だのなんだのの話が出てきて自殺志願者のレッテルが貼られてしまうのだ。

「あたし死にたいのかな」

 自殺志願者と勘違いされても構わない、はたしてそれは勘違いなのか。
 自分の悪いところはすぐに周りに流されて自身の本心を失ってしまうことだ、それを自覚しているのに、またすぐに周りを気にする。
 けれど実際はどうなのか。
 今までたくさんのことをやったとはいえ死にかけたのは数回、その度に助かって良かったと思うのに、また自傷をしてしまう。助かった、その感覚はいつも冷や汗ものだというのに。
 自分の意思が埋もれてしまう。ぐらりと揺れた。

「おい!」

 低い声で呼ばれた、と思ったら腕を掴まれて前に引っ張られ、今度はずるりと前に落ちる感覚がしてバランスを崩す。しかし支えられたことで倒れるようなことはなかった。

「しっかりせんか」

「オニーサン、いつからいたの?タイミング良すぎ」

 尋ねると苦い顔で「かなり前からだ」と答える。多分話し掛けて良いものか悩んでいたのだろう。

「やだオニーサン、ストーカー?」

 冗談でいうと眉を吊り上げ、すごく厳しい顔付きになる。
 冗談が通じないことは数回会っただけでわかっていたから、ここは素直に謝ることにした。

「ウソウソ、冗談だよ。ごめんねー、あとありがと」

「…これぐらい構わん」

 仏頂面のままそう言うので機嫌を損ねたかと思ったが、何となく彼は自分に対して怒っているイメージしかないので気にせずに笑っておいた。
 離れると唯は「あ、そうだ」とわざとらしく言うと疑問を口にする。

「あたし死にたいのかな?」

「知るわけがなかろう」

「だよね」

 素早いの返答に唯はあっさりと頷いてみせる。しかし真田は「俺にはお前の考えなどわからんが」と言葉を続け、少し悩むようなそぶりをした。

「だがお前は初めて会った時に助かって良かったような口ぶりをしたから、俺はお前が死にたくないのかと思ったが」

 その言葉に唯はぽかりと口を空けたかと思うと、途端にふにゃりとした笑顔を浮かべた。
 真田が一体どういうことだと問い掛ける前に、唯は真田の手を握った。

「そうだよね!あたしは死にたくないんだ!!」

 感無量といったふうに笑う姿に真田の疑問は積もるばかりだが、唯が手を離してどこかに去ろうとすると上着を掴んで引き止めた。

「ぐえっ」

 首が締まったらしく、すぐに手を離した。

「ちょ…一瞬やられるって思ったよ」

「す、すまん」

「んで、なんですか?オニーサンが引き止めるなんて初めてじゃん」

「そうだ、な」

「あ、そういえばあたしに何か用事あったんだっけ?何?」

 そう言われると何とも気まずい。しかし自分には意味がないものをいつまでも持っているのも仕様がない。
 鞄から味気無いのないビニールの包装を取り出した。あのスポーツショップのロゴマークが印刷されていた。

「これを渡そうと思っていた」

「あたしに?」

「ああ」

 唯は恐る恐るそれを手に取ると、セロテープを取り中身を見た。

「…リストバンド?」

 お世辞にもかわいいとは言えない真っ黒いリストバンドを手に持ってきょとんとした表情で見てくる。
 見下ろしながら、やはらこの少女には少し似合わないかと思う。

「それを左手首に付けておけ」

 いわゆる、戒めとして。

「うわー…馬鹿なマネしたらなんか怖そ…」

 そう言いながら手首に大人しく付けると「どう?」と聞いてくる。真っ白い包帯の上に付けられた真っ黒いリストバンドは嫌でも目立つ。

「似合わんな」

「言うと思った」

「だが悪くはない」

 自分の中には唯という少女は白というイメージがあった。だからあからさまに黒を身に着けると、少し新鮮な感じがして、悪くないと、素直に思ったのだ。

「ありがと」

 唯も素直にお礼を言う。
 黒いリストバンドは軽くて、けれど重い。左手首を覆っているだけなのに背筋がピンと伸びてしまう。

「…黒はオニーサンのイメージだねぇ」

 呟いてみると、すごく微妙な顔をされてしまった。黒い帽子がいかつい顔をさらにいかつく見せてしまうのは嫌じゃないんだろうか、わかっていても着けいたいと思うほど大切なものなのだろうか。

「本当にありがとう、大切にする」

 ならば自分もこれが大切になるだろうか。唯はリストバンドを夕日に掲げた。



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