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 手首をそっと撫でる。
 手をひっくり返しながら、何度も何度も。そして内側をなぞる度に引っ掛かる凹凸を軽く引っ掻くと、ピリリとした痛みを感じた。この痛みが心地良いと感じ始めたのはいつからだったか。
 そしてまた一本、痛みを増やす。
 赤い血が皮膚を伝って、白い布に染み込んだ。


「最近ネットで変な話が広がってるらしいっスよ」

 ある日の帰り道、珍しく真田、柳生、桑原、丸井、切原というメンバーで帰路に着いている中、切原がそんな話をはじめた。

「なんだそりゃ」

「いや、なんかダチに聞いただけなんですけど、自殺前の遺書みたいなのが広がってるって」

「それなら俺も聞いたことがあるぜ。たしかこの間自殺した中学生が書いたとか…だろ?」

「そうそう、それっス」

「その件でしたら、以前ニュースで話題になっていましたよ」

「その遺書を読んだ中高生が自殺しているとかってやつだろぃ?集団心理がどーとか」

「くだらん」

 地を這うような、と言うがまさしくその通りの低く威圧感のある声に全員が口の動きを止めた。
 真田は冷えた視線を向けて叱責を浴びせようと口を開く。
 ひっ、と切原が小さく悲鳴を上げる。丸井も桑原も柳生も耳を塞ぐ準備をした。
 しかしいつまで経っても怒声は発せられず、全員視線を真田に向けた。
 真田は俯き、ぼんやりと視線をさ迷わせた後小さくため息は吐き、一言だけ。

「不謹慎きわまりないことは二度と言うな」

 そして歩きだした。四人は呆然としてその後ろ姿を眺める。

「真田…何かあったのか?」

「…わかりませんが…何かあったようですね」

「明日は槍が降るかもな…」

「ちょっ…やめてくださいよ〜」

 あははと切原は笑うが、全員内心は冷や汗まみれだった。


「オニーサン知ってる?最近ハヤリの自殺誘発危険遺書」

 帰り道、公園のブランコで一人遊んでいた唯は真田を引き止め、愉快そうな笑顔でそう言った。
 真田は「聞いたことがある」と答えながら左腕を見る。素人がしたとは思えない丁寧な巻き方の包帯があり、少しほっとする。どうやら病院には行ったようだ。
 そんな真田の視線には一切気付いていないのか唯は話を続けた。

「あたしも読んだけどさ、なんか下手な三流のポエムって感じでださかったー」

 手厳しい判断を率直に述べた唯を見て、真田は嫌な想像をする。

「…まさかお前…」

「え?…いやいや、あたしは別に読んだからあーいうことしてるわけじゃないのだよ?」

 手を振って否定をする姿は嘘をついているようには見えない。自分が嘘を見抜ける人間ではないのは知っているが、何となくそう感じた。
 しかし唯は包帯が巻かれたほうの手で器用に親指を立てて言い切る。

「あたしはアレに関係なく元々こーだから」

 これにはいかに真田とはいえ呆れるしかなかった、が次の瞬間には目を見張る。

「それはどういうことだ」

「はい?…あ」

 唯が自分自身で見やすいよう左腕を上げると、ソレはよりはっきりと真田の視界に入ってきた。
 手首に雑に巻かれた包帯に滲む血が。

「あちゃー…止まったと思ったんだけどなー」

「見せろ」

 そうは言ったが有無を言わせずに腕の包帯に手をかけると、かなり緩んでいた細長く白い布はずるりと勢いよく解け、手首をさらした。

「…っ?!」

 息が詰まるとは、まさにこのことだろう。微かだが血が傷口から滲む様子は、血が止まりかけているからかあまり気にならない。
 それよりも真田は手首にある傷痕の多さに、心臓が凍る思いがした。
 唯はわざとらしく視線を逸らして、目が合わないようにしており、さすがに気まずいのかもしれないと検討をつける。

「たわけが」

 一言だけ呟いて、自身の鞄からハンカチを取り出すと手首に軽く押し当てる。そして解けた包帯を巻き直した。
 あまりの驚きに声も出ない唯を見下ろしながら、真田は手首にあった傷の多さを思い返した。
 ひとつひとつ、治りの頻度が違った。
 かさぶたになっているものから、完治しているもの、いくつか傷が深すぎたのだろう皮膚に一本筋が刻まれ皮膚の色が変わっているものがあった。それらは自分と会う前にしたものだろう、かなり前から自傷行為に及んでいたのが伺えた。
 真田はすう、と息を吸った。

「この…たわけがぁ!!」

「いっ?!」

「前に言ったことを忘れたか!?己を身をまるで考えずに傷付けおって!!」

「は、はい…」

「そもそもつい先日『後悔した』と言ったのは貴様のほうだろうに、なんだこのていたらくは!!」

「おっしゃるとおりで…」

「これ以上馬鹿な真似はするな!」

 言うだけ言うと真田はふんっと鼻息荒く会話を切った。まだ言い足りないが、これで止めてやろう。その意思が伝わったのか唯は大人しくしょぼくれ、そのままその場はお開きになった。



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