空想レター | ナノ

 氷帝学園の裏庭には猫がいた。
 美猫ではないけれど緑色の目がきれいな可愛らしい猫で、こっそりといろんな生徒からおこぼれをもらって生きていた。
 その猫が二月に子猫を四匹産んで、すぐに死んだ。理由はわからないが、おそらく寒さに負けたのだろうとクラスの誰かがが言っていた。母猫が子猫たちを抱くように死んでいたからとも言っていた。
 死んだ母猫は私のクラスの女子全員で埋めた。
 なぜかというと、率先して餌やりをしていた子が私のクラスにいたからで、みんなその子が猫をたいそう可愛がっていたのを知っていたからだ。

「残念だったね…」

「…うん」

「…あの子猫たちどうなるかな…」

「さすがに学校が処分するかも…」

「そんな!誰か飼えないの?」

「私のうちは無理…マンションだし…」

「うちも犬がいるから」

「ちょっと誰かいないの?!」

「今はやめなさいよ!」

「でも…」

「そうよ、空気読んで!神原さんがかわいそうでしょっ」

「あ…」

「ごめん、神原さん」

 私に向けられた憐れみの視線になんと言えばいいのかわからずに曖昧に頷いておく。

「大丈夫」

 そう、母猫をたいそう可愛がっていたのは私だった。


 あれから三ヶ月、最初は子猫は母親を求めて鳴いていたけれど今では慣れたのか諦めたのか私や生徒たちが与える餌を食べて生きていた。
 すでに三匹は良心的な生徒や先生に引き取られていったが、残りの一匹はいくら待っても引き取り手があらわれず、親猫が死んだときから流れていた「保健所に連れていかれるかもしれない」という噂がついに現実になるとさっき先生に告げられてしまった。期限はあと七日。あまりに短い日数に重い溜め息が出る。

『猫、どうなりますかね?』

 先週書いた文字は私の精神状態をあらわすかのようにぐにゃりとしていた不安定なものだった。
 その下には見慣れたキレイな文字が並んでいた。

『噂の裏庭の猫ですか?このまま引き取り手がないと保健所に引き渡されるでしょうね。』

 すでにそうなると知っている私にとって、その言葉は胸に刺さるものだった。
 本当なら自分の家で飼いたいのだが、いかんせん父親がまったく許してくれないのだ。
 動物嫌いではないのだが猫は苦手らしく三ヶ月間いくら説得しても首を縦に振ってくれなかった。
 さらに張り紙やいろんな生徒や先生に頼み込んでもみたが成果はまったくない。
 先生には家で飼えないなら餌を与えるなと散々言われたのにこの様だ。情けないにもほどがある。

『誰でもいいから、助けてほしい。』

 偽りのない自分勝手な願いを書いてみる。
 自分ではどうにもできないから他人に任せるなんて身勝手さにヘドが出そうになって、でも消す気にもなれずに「きっと嫌われるな」と直感した。
 それでもいい、あの猫が助かるなら、藁でも葦でもすがりたい。


「このていどのことで騒いでんじゃねぇ。来な!メス猫!俺様が可愛がってやるぜ!」

 そう言うときょとんとした表情の猫(メス)を抱き上げ喉を軽く撫でた。
 猫はごろごろと嬉しそうに喉を鳴らして彼、跡部君にすりよった。
 なんだこの光景は。
 開いた口がふさがらない。
 いつもは人気のない裏庭には人だかりができていて、後方にいる生徒たちは何事かと騒いでいる。最前列にいる主に女生徒たちは「跡部さまー!」「素敵ーっ!」なんてはしゃぐ始末だ。
 お昼休みに入ってすぐに隣のクラスの女の子たちが私のもとにやって来て「跡部様がっ」「猫がっ」とよくわからないことを言ってきて、次に同じクラスのそこそこ仲の良い子達に腕を引っ張られて裏庭に連れて行かれた。
 そしたら跡部君が優雅に猫を抱き上げていたというわけなのだが。
 その光景をぼんやりと眺めていたら跡部君と視線が交わる。しかしすぐに反らされ、抱き上げたときと同じような優雅な所作で腕を上げて、パチンッ、と指を高らかに鳴らした。

「散りな!わずかな休憩を謳歌しろ!」

 キャーッと黄色い歓声が沸き上がってその中を跡部君は当たり前のように颯爽と歩く。
 途中で背の高い眼鏡の男子生徒の肩に手を置いて何かを言うとそのまま去って行った。
 私はわけもわからずにただ立ち尽くしていた、見ているだけしかできなかった。


 次の日、机には『猫、貰い手が見つかってよかったですね。』と書いてあった。
 たしかによかった。私に何かを言う資格はないだろうけど、あの猫が喜んだ素振りが見れて良かったと心から思った。

『ほんとうに良かったです。』

 せめてこれくらいなら言わせてほしい。
 書いた文字はいつも通りの可愛いげのない線と点だった。




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