空想レター | ナノ

 移動教室は嫌いじゃない。
 生徒達が楽しそうに喋りながら早足で歩く姿が好きだから。
 ただ移動する時間が十分もないのは好ましくはないけれど。
 廊下を早足で歩きながらそんなことを考えつつ、教室の扉を引いた。
 そのまま他に目を移すことなくいつも席に座る。
 窓際前から三番目。
 窓側だというのに中途半端な位置は人気がないのか、いつも簡単に座れるのがいい。
 二年生の時からこの教室での授業の時はここに座ると決めているのだ。
 教科書類とペンケースを机に置いて一息吐くと、定位置にそれぞれを置いていく。
 教科書は右側、ノートは真ん中、ペンケースは左上。
 と、その時、机の左上の端に何か書いてあるのを見つける。

『暇。誰か楽しいこと教えて。』

 シャーペンで書かれた、均整の取れた固い文字。
 それに首を傾げてたっぷり数秒、いや数十秒は凝視してから周囲に目を走らせる。
 いつの間にか教室に来ていた教師、机に寄り掛かって談笑する女子、退屈そうに欠伸をする男子。
 いつもどおりの光景に面白いモノはなさそうだけれど、机の下に落ちている紙に描かれた不細工な猫(に見えるけれどもしかしたら犬かもしれない)は面白いかもしれない。
 でも何だがイマイチ。
 教室内にはワクワクすることはなさそうだ。
 考えているとチャイムが鳴り、教師の「授業を始める」という無愛想な一声が生徒たちを一喝した。
 どうやら「暇な人」に伝えられる何かはないみたいだ。
 窓の外を見ながら残念な気持ちになる。
 と、視界に何かが映る。
 綺麗な七色のアーチに、さっきまで雨が降っていたことを思い出して、ひらめいた。

『虹が架かってました。』

 左上の端にある暇宣言の下にそう書いた。
 日時も書いたほうがいいだろうか、と悩むが「教科書の七ページの…」という言葉にマズイ、と焦る。この教師はやたらと生徒に答えさせるのだ。
 そのまま悩みはどこかへ消えていった。


 次の日、同じ教室の窓側の前から三番目の席に座って昨日のことを思い出した。
 そういえば中途半端なことを書いてしまったな、と思いながら左上の端を見ると『虹が架かってました』という文字の下に新しい言葉が書かれていた。

『キレイでしたか?』

 驚いた。まさか返事を、しかも質問をしてくるとは思わなかったから。
 ペンケースからシャーペンを取り出して、なんて返そうか悩む。
 悩んで悩んで、なるべくキレイな字で『とても。』と書いた。
 気持ちが暖かくなるその感覚がくすぐったかった。




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