短編 | ナノ
春呼姫
「こんにちは」
庭にある桜の木の枝に女の子が座っていた。
「だれ?」
「春呼姫(はるよびひめ)、春を呼びに来たの」
「まだ正月なのに?」
わたしは冷たい両手をポケットに入れた。
「はやいうちに呼んでおかなきゃ、春が遅れちゃうでしょ?」
「はやく呼びすぎて春が凍っちゃうかもよ」
くひひ、と笑いながら言うと、くふふ、と返された。
「大丈夫、みんなポカポカであったかいから、寒さには負けない」
桜色の髪がゆるゆる動いた。
「じゃあね、行かなきゃ」
「ねぇ」
「ん?」
「またね」
くひひ、と笑いながら手を振ると、くふふ、と笑いながら手を振り返してくれた。
「またね」
それから春呼姫とは会えなかったけど、
あの桜の木を見るたびに、
くふふ、という笑い声が聞こえてくる気がした。
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