短編 | ナノ
優しい再会2
※前回から数週間後。
ある日のお昼時間。
「かわいいよね」
「ありがとうございます」
彼は嬉しそうに笑って、愛らしいウサギの絵がプリントされたお弁当を開いた。色とりどりの野菜やお肉が素晴らしく完璧な位置に収まっている。おにぎりは俵型で海苔もしっかり巻いてある。
しかしかわいいと言ったのはそっちではない。
「それもかわいいよ、うん」
とくに星型に切り抜かれた人参が。
「ええ、朝起きて1番の楽しみです」
はにかみながら笑う彼の表情は万人を癒すぐらいに柔らかい。
毎朝早起きしてお弁当を手づくりしていると知ったのは入学4日目。なんでも超俺様先輩にして自他共に認める彼のご主人様にも作っているらしい。献身的にもほどがあるよ。
「私が言ってるのは顔のことだから」
「陽菜さんの顔は愛らしいですよね」
「それじゃ私ナルシストじゃん!私じゃなくて黒沢くんのことだよ!!」
私の言葉にきょとん、と首を傾げる。ああ、彼は本当にかわいい顔をしているから何をしても許されるんだ。
女としての威厳を根こそぎ持って行かれそうになる脱力感を持て余しながら、彼を見つめる。
「ありがとうございます」
やっぱり彼は嬉しそうに笑う。
「普通男の子ってかわいいって言ったら怒るはずなんだけど…」
「私はあなただから嬉しいのです」
意味がわからなくてつい頭を傾げてしまう。でも彼ほど可愛くはないだろう。
「あなたが昔私に言ってくれた言葉だから、私はとても幸せな気分になれるのです」
無表情なのに、空気だけがふんわりふわふわ。
顔が熱いのがよくわかる。
「そ、そう」
いまだに彼を犬だなんて信じてはいない。だって彼はどう見ても人間なんだし、そもそも話に出すことすら恐ろしい。
「あの時、誰からも無視され続けていた私には本当に嬉しい言葉でした」
でも彼は何のためらいもなく話題にするのだから敵わない。
ため息をついて自分のお昼ご飯、もとい某有名コンビニのおにぎりを取り出す。我が家はお弁当は存在したりしなかったり。お母さんの気分しだいだ。
ビニールを手順通りに開いて頬張る。やはり日本人は鮭である。
「陽菜さん」
「はい?」
前を向くとじっとこっちを睨むように見てくる一対の視線。ぴしりとした背筋が凛々しい。たとえ手に花柄の箸が握っているとは言え、凛々しいものは凛々しい。
そんな彼の丁寧言葉遣いについ敬語になってしまうのにも慣れてしまった。
「提案ですが、私にあなたのお弁当を作らせていただきます」
提案と言っておきながら決定事項になっている。
「えっと…私は全然歓迎なんだけど、いいの?」
「もちろんです」
迷惑なのではないかと聞くと、むしろ誇らしげに返された。そして当然のように、彼が食べていたお弁当と私の食べていたおむすびが交換される。
「あなたは私の主人なのですから、お弁当くらい当然のことです。むしろこんなものは食べさせられません」
すさまじい言い切りである。普段無口な彼がそこまで言うのが珍しくて何も言えなくなってしまった。
「明日から作らせていただきます」
「ありがとうなんだけど、主人は先輩じゃ…」
「いいえ」
今度は今までにないくらいの早口で否定される。先輩、哀れだ。
「あの方より私はあなたを望んでいるのです」
不意打ちのような台詞、口説き文句に近い言葉。
口に含んだ米を噴き出してしまいそうになるくらいの衝撃に、顔の赤さは尋常ではないレベルに達する。
彼の顔を見るのが、恥ずかしい。
俯いて彼の手づくり弁当を味わう。きっと彼は私の買った粗末なおにぎりを食べているのだろう。
互いに間接キスだった。
それに気付いたのは帰りのSHRだった。
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