騎士のなりかた | ナノ
後編


 それから一週間後、闘技場と呼ばれる円状の建物の中に設けられた控え室で、支給された剣を確認する。
 刃こぼれはない、重さも問題ない。身に着けた防具も簡素な布製のコルセットだけであとはいつもどおりの薄汚れたコートとズボンとシャツ。あの時は裏通りの人間に見えないよう、服だけはまともなやつを着ていたから受付の男も追い返さなかったが、今はどうだろう。
 間違っても裏通りの人間として出ることを決めた自分はバカだな、と素直に思った。周りも同じようなことを言いたいのか視線は相変わらず痛々しいくらい鋭かったり、心配するようなものだったり。
 すでに大会のはじまっている会場では怒号や喝采が絶え間なく聞こえてくる。逃げ出すような無意味なことはしない。

「次、48番」

 渡された腕輪にきざまれた番号を確認してから武器を持って控え室の出入り口へと向かう。下卑た笑いがたまに聞こえる。それは女だからか、裏通りの人間だからか。
 出口付近で男に「目にもの見るぜ?」と言われたので「目にもの見せてやる」と返してやった。
 言われたことを裏返して言っただけなのに男は不愉快そうな顔をして前を歩いていく。
 せいぜい目ん玉ひん剥いてろ。ケイトは見えないように舌を出した。


 出された剣を正面から受けずに横へ移動することで避け、そのまま後ろへと身体を滑らし素早く相手の肩を切り裂く。倒れる前に顔を一発殴ると男は鼻血を噴いてあおむけに倒れてしまい、頭を打ったのかそのまま気を失った。
 あっけないものである。

「勝者、ケイト!」

 一気に沸いた会場の熱気と声に鼓膜もろもろがやられそうになる。
 ケイトは顔をしかめてまわりを見回した。倒れた男は数人の主催者側の下っ端に引きずられて場外へと出たため、広い円形闘技場の舞台にたっているのはケイト一人。さわがしい観客たちの声を聞きながら今の状況をあらためて考える。
 今のところ5回戦ったが、あてつけだけで参加したケイトには今自分がどの位置にいるのかがさっぱりわからない。対戦表は関係ない、参加して表の男たちを蹴散らすことに意義があるのだ。
 それでも優勝するつもりはさらさらない。あまり進みすぎると騎士団なんでものに入団しなくてはいけなくなるからだ。
 金は魅力的だけどなぁ、と思いながら舞台の端のほうへ向かおうとするが、まわりのざわつきが少し変わった気がして動きを止めた。後ろを振り向くと何人かの男の姿が見える。何か揉めているようだ。しかしすぐに剣を持った男が舞台の上に上がってきた。

「…なんで騎士が」

 騎士だけが着ることを許されたアイアンブルーの目立つコートに身を包んだ二十歳くらいの女顔の優男。億劫そうな目つきでダラダラと歩いて舞台の真ん中に立った。

「…おい!アンタ騎士だろ、こんなとこで遊んでていいのか!?」

 言外に仕事しろ高給取り、と言ってやると優男はやっぱり気だるそうに頭を掻きながら「うーん」とうなり始めた。

「…聞いてる?」

「ああ、うん、聞いてる聞いてる。まあアレ、これも仕事」

 見た目よりもずっと低い声で言うと手に持っていた剣を腰のベルトにさした。本気なのかどうなのかイマイチわからないが、とりあえずやるらしい。
 ケイトも剣を鞘から抜いて、相手の出かたを見る。
 男は剣は抜かないが、抜く気はあるらしく柄に手を置いてはいる。しばらく様子を見るために見つめるが、男も同じようで一歩も動かない。
 動かない二人をおかしいものを見る目で見ていた観客たちも徐々に空気を感じたのか、静かになっていった。
 今この会場に音はない。
 そのことに神経を尖らせながら舌打ちをし、このままでは埒が明かないとケイトは男めがけて走りだす。一気に距離を詰めて剣を横に薙ぐがそれは男の首の前で止まった。男はまったく動かない。

「顔のわりに胆据わってんだ」

「騎士だから」

「あっそう…とぉっ!?」

 ギインッ、と鉄と鉄がぶつかる音が響く。剣を振り払われて勢いでケイトは数歩下がった。いつの間に抜いたのか男は抜き身の剣を中段に構えていた。
 ケイトはふっと、今この男には戦う気がほとんどない、そもそもこのあたりで負けたほうが上等なくらいなのだから、いっそ負けてしまうほうが良いのではなかろうかと考えた。第一、騎士に勝ったところで何の得もない。 ここは相手の動きに乗ろう、と決めたところで男の小さな笑みが見えた。
「…何笑ってんだ?」

「わざと負ける気でしょ?やらしいなぁ、やり逃げなんて」

「そういうお前のがやらしいんじゃね?」

「そう?じゃあ逃げらんなくしたげよっかな」

 やっぱり覇気のない動きで男は一歩踏み出した。剣を下段に構えて様子を見ていると、急に男の姿がブレた。ケイトはすぐに一歩下がって間合いを取り、勘で剣を右側へ盾として構える。
 剣同士がぶつかる音にしては重い音が響く。実際にそれはあまりにも重く、ケイトの腕には耐え切れない重圧だった。すぐに剣を横にずらしまた数歩下がるが男は逃がすつもりはないと言わんばかりに素早く、的確に剣を振り下ろし、横へなぎ払う。
 防戦では負ける。
 ケイトは直感的にそれを感じた。負けるつもり満々だったがこれは話が別だ、下手に剣を離すと殺される。ならば、と男の避けさせる気満々の剣戟を正面から受けた。驚いてひるんだところで頬に拳をはなつが、見事に受け止められる。

「おい何騎士が普通に殺す気で戦ってんだ」

「そっちこそ、拳はないよ。せめて平手」

 オンナノコでしょ?と男はたしなめるように言った。その言動と笑顔の爽やかさにケイトは吐きそうになる。

「そういう爽やかさは装備するもんじゃないって覚えとけ」

「やだなぁ、知ってて装備してるんじゃない」

 片手は剣、片手は拳を押さえながら言葉の応酬をして、すぐに間合いを取る。
 本能的の気に入らない。あまりにも腹が立って笑顔になるケイトに対抗するように男もますます薄ら寒い笑顔になる。
 もう手加減はしない、そう思い剣を片手で持って体勢を低くする。ケイトの動きに何かを感じたのか、男は抜き身の剣を下段に構えて、じっと呼吸を潜めた。

「そこまで!」

 張るような声が空気をさえぎる。
 その声の人物らしい一人の騎士が舞台へ上がってくる。アイアンブルーのコートは同じだが、襟にある線の数は多く、邪魔くさいマントを羽織っており、それだけでかなり位の高い騎士なのがわかった。ケイトが新たに舞台に上がってきた騎士を観察している間に、男はすっと剣を鞘へ戻しまた気だるそうな態度になった。
 舌打ちをしてケイトも同じ動きで剣を鞘へ戻す。その間に2人の真ん中にやってきた騎士は満足そうにケイトに笑いかけた。

「ケイトといったな、見事な剣技だった」

「そりゃあどうも」

「言っておくが謙遜ではない、クレナイは騎士団でも腕の立つ騎士、一対一でここまで戦える奴はそうそういない」

 その言葉にクレナイと呼ばれた優男は苦笑する。

「女性とは思えなかった」

「女じゃないしな」

 ぽつりともらした言葉にクレナイは固まり、騎士は目を見開いたが、2人とも驚いたらしい。それを見てケイトは鼻で笑った。

「冗談だよ、騎士サマ。位がお高い方には通じなかったか?」

 嫌味を返してやると二人とも元に戻る。一発お見舞いが成功しケイトは心の中で「ざまあみろ」と言った。

「女なら結構、ここまで来た君に褒美を与えよう」

「いらね」

「そう言うな、喜んで受け取れ」

「おい、だからあたしは」

「会場にいる全ての者は聞け、我らはこのケイトを騎士団初の女性騎士として入団させる!」

 ケイトは耳を疑った。今この男はなんと言った。しかし男は固まるケイトを一切無視してさらに言葉を続ける。

「騎士とはこの国に忠誠を誓い、この国に命を捧げる者の称号、しかしそれは男だけのものではない。全ての者は見たであろう、ケイトは見事な剣技を駆使し果敢な勇気をもってこの大会に挑んだ。そしてその全ては騎士にとって必要なものである」

 演劇役者のようにすらすらと喋る男の舌の回ること回ること。言葉を失い呆然とするケイトに男は一瞥もおくらずにさらに言葉を続ける。

「女と思う者もいるだろう、しかし我らはこのような者を求めていた、それが偶然彼女だった」

 さらに演説は続く。
 逃げよう。
 このままでは無理やりにでも騎士団に入団させられる。しかし肩をがっしりと掴まれ動けなくなる。後ろを振り向くとクレナイが愉快そうな笑顔でケイトを見下ろしていた。

「ようこそ、騎士団へ」

「…最悪」

 厄日だ。


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