騎士のなりかた | ナノ
前編


 狭くも広くもない、けれどとにかく土で汚れた廊下をケイトは走る。だかだかだかとブーツと床がぶつかり合う音が耳にうるさい。

「おーいチビ、どこ行くんだ?」

 警備にでも出ていたらしい、帯剣したミシェルが外へ出る扉の前から声を張り上げる。その姿を認めるとケイトは急ブレーキをかけてミシェルのほうへ早足で歩いて行った。

「ちょうどいいところに、間の良さだけは認めてやる」

「ほほう、お前はそれを褒めてるつもりか?」

「まあ置いといて、クレナイ見なかったか?」

 聞くと「あーあ」と呟いて困ったように笑った。その笑顔を見てケイトは聞く相手が間違っていたと知る。

「…ちっ、やっぱりな」

「俺ごときがあの自由人の居場所をはかり知るなんて不可能だっつう話」

「だよな」

 言い捨てるとミシェルには見向きもせずに門番の兵士に巡回に出ることを話して外へ出る。後ろで何かがキーキー叫んでいたが無視をし、この一ヶ月で築いたクレナイの行動プロセスを思い出す。天気、時間、日にち、人通り、それらすべてを考慮しクレナイのいそうな場所を想定する。

「…のヤローいつか地獄見せてやる」

 呟いて足早に騎士団本部前から目的地へと向かう。足を動かしながら、たった一ヶ月でクレナイの行動範囲を知り尽くしてしまった自分を嘆いた。



真面目不真面目は結構紙一重である



 騎士団入団から一ヶ月経ち、ケイトはたいぶその生活に慣れてきた。
 早朝からある訓練にも、それぞれの師団で行われる朝会にも、小隊で行われるミーティングにも、一日の報告をするための手順にも、それほど美味しくもないご飯にも、人間の順応性をこれでもかとフル活用することで今では完全に集団行動の輪の中になじんだ。
 それでも一つ、慣れないことがある。
 クレナイの奇行だ。
 慣れてたまるか、と考えながら賑やかな大通りを抜けて洒落た小道へと入る、次の角を曲がったところにある雑貨屋は雨の日のクレナイのお気に入りスポットだけれど、今日は晴れなのでそこにはいない。今日はきっと小道を進んだ先にある小さなカフェで紅茶でもすすっているだろう。この一ヶ月で晴れの日だけのクレナイの行動パターンを考えて足を動かす。
 ピンクの壁が目に痛い店。それが王都でも人気のあるケーキ屋「レディー・アン」の外装だった。その外壁の色を完全に意識から遮断して、それなりに広いテラスの中を見る。客の9割方は女性、平均年齢は十代後半。フリルが足元や腕を飾り、愛らしい装飾品をぶらさげて楽しそうにお喋りという仕事をしていらっしゃる。
 今の自分はよほどつまらなそうな顔をしているのだろう、客の何人かがこちらに気付いては変な顔をして視線を外す。しかしそんなものに気取られるのも面倒なので、ひたすら目的のものだけを探した。
 赤、ピンク、黄色、オレンジ、カラフルな色の中に異様に目立つ青がテラスの真ん中にぽつんと見えた。その人物を確認すると店の扉をくぐり、店内を通ってテラスに出る。
 目立つ青のほうへ素早く移動すると、空いている席にどっかりと腰を下ろした。そこでようやく目立つ青、騎士団の制服を着たクレナイが顔を上げる。

「やあ、ケイト」

「やあ、じゃねーよ」

「じゃあ何?」

「巡回時間のくせにカフェで茶ぁしばいてんじゃねぇ」

「なんだそんなこと」

 優雅な仕草で一口。まわりの空気や匂いや視線、全部含めてケイトはわざとらしく吐く仕草をしてみせる。
 コンビとして組んだクレナイはいわゆる、問題児だった。規則を守らず、隊務の最中に居眠りをし、巡回の途中、またはその前にいなくなったかと思うとティータイムを満喫していたり。
 ケイトとて真面目な範囲に自分が納まるとは思っていないが、クレナイは真面目不真面目の範囲を越えて自由気ままにもほどがある騎士だった。そして問題児の問題児たるゆえんは、その自覚がほぼ本人にないこと他ならない。と、周りから聞くものの、ケイトとしてはそうは思えなかった。今も頭を掻き毟って苛立ちを抑えるケイトを見るクレナイの目はとてもとても面白そうに弧を描いている。十中八九わざと自覚がないフリをしているのだろう、そしてそれほど面倒なことはない。

「それにしても、君が僕を捜すなんて絶対にしないと思ってた」

「好きで捜してるわけじゃあない」

「だろうね」

 また優雅な動きで一口。このカップを思い切り顔に押し付けて紅茶まみれにしてやりたいと思った。
 ケイトがクレナイを捜すのは、帰れないからだ。はじめての巡回の時はこっちが頼んでもないのにそれはもう事細かに巡回のコースや帰ってからの報告の仕方を嫌味をまじえつつ教えてきた、つまり真面目だった。しかし二回目の巡回の途中でクレナイは突如姿を消した。もちろん消えた奴の存在など気にもせずに本部に帰ったが、それがすべての間違いだった。本部に戻るとまず守備をしていた騎士にクレナイを捜してくるように言われた。いわく、必ず巡回に出たメンバーで帰り報告をしなければならない規則があるらしい。
 一切聞いたことのないふざけた規則に一瞬絶望しかけたが、冷静に「帰ってくるのを待っていれば万事解決」と考え本部の前で暇を持て余すことにした。
 これがさらなる間違いだった。
 待てども待てどもクレナイは帰ってこず、結局姿を見せたのは日の落ちかけた夕方だった。待ち時間は約5時間。無意味なくらいに整ったクレナイの顔を数発殴ることによって機嫌の悪さが多少解消されたケイトに、守備の騎士は普通に言った。

「だから捜してこいって言っただろ」

 クレナイ限定での話であると、先に言っておいてほしかった。

 相変わらずサイズの合わない上着は腰の部分を帯でしばり何とか服としての体裁を保っている。そんな自分の服の裾を視界にいれて、ケイトはまたため息をついた。

「ため息をつくと幸せが逃げるよ」

「お前が今すぐにその甘ったるいもんを私のそばから離してくれたらきっと逃げない」

「意味がわからない理屈だね、それ」

 だろうよ、と呟いて席を立つ、そのまま歩いてクレナイの背後に回り、首根っこ掴んで無理やり立たせ店の外へと向かった。

「いたたたっ、痛いんだけど!」

「何度も言わなくてもわかるわカワイソウに」

「わざとらしい」

 本気で痛そうな声と反して、クレナイの表情は妙に楽しそうである。

「…お前マゾヒストか何かか?」

「残念ながら苛めるほうが性にあってると」

 最後の言葉を言う前に地面に叩きつけるように手を離した。「うわっ」などど焦っていないような声を出す目の前の優男から一歩離れる。

「お前がエスでもエムでもいいけど、私には近づくな。だけど逃げんな、巡回に行くぞ!」

 鋭い声にカフェの空気が凍って、くだけた。うら若い少女たちの視線の痛いこと。しかしその視線の五十倍は危険な目をしたケイトにはたいした攻撃にはならなかった。


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