騎士のなりかた | ナノ
後編
10分ほどして状況はようやく鎮静した。
「いや、本当にごめん、こいつ頭に血が上りやすくて」
申し訳なさそうに謝る青年にケイトは文句を言ってやろうとしたが、カラカラになったノドは言葉を発することができなかった。
「無理しないほうがいいんじゃない?」
クレナイが笑いをこらえながら背中をさする。「セクハラだ触るな」と叫ぶ気力もない。
「水を飲んだほうがいい、あとで食堂まで案内するよ。ミシェル、お前は泥水でもすすれ」
「俺にだけ冷たくね?」
「生暖かいくらいだ」
ふんっ、とまるでごみを見るような視線で青年はミシェルを見下ろす。
「あーあ、どうするミシェル、見捨てられたみたいだよ?」
「クレナイさん、そういうことさらっと言うかね?」
座って酔いどれたそのへんのおやじのような体制でミシェルは涙を拭うしぐさをする。その肩を優しく叩きながら「おやおや」とクレナイは慰めるような口調で呟く。男が男に慰められる光景は中々どうして、目に痛い。
「いっそ世界から見捨てられてしまえ」
「まあまあ、僕から言い聞かせるから」
「つうかアンタ誰」
ケイトは本当に申し訳なさそうな顔をする青年を見上げた。この部屋に来たということはウィリアムの部下なのだろう。だが、とケイトは頭をかしげる。クレナイもそうだが、それよりもずいぶんと細く縦に長いイメージのある男だ。くりっと丸い目元といい、とても騎士団でぶいぶい言わせているような外見ではない。
じっと自分を見つめるケイトの視線から言いたいことを感じたのか男は苦笑をもらす。
「僕はメイベル。君が配属される第二師団第一小隊所属で、ご覧の通り頭脳派の人間だよ」
「だろうな」
あっさりと納得する。「剣振り回します」と言われたらどうしようかと思っていたところだった。そこでメイベルがうっ、とうめき声をもらす。ミシェルがメイベルの首に腕を回したのだ。細すぎるくらい細いメイベルと、そこそこ身体つきのいいミシェルでは並んだときのシルエットがかなりが違う。
「忘れてた、自己紹介してねぇや、たりぃ・・・」
「求めてないしべつにいいわ、マダ男」
「第二師団第一小隊所属でお前のせ、ん、ぱ、いのミシェルだ。わかるか?ミシェルだぞコラ」
先輩というところにリズムをつけて言う。強調したいらしいがバカさ加減が見え見えでむしろ失笑ものである。
「ミシェルと書いてマダ男と読みゃいいんだななるほど」
「調子乗んなよおい?」
「お前だそれは」
メイベルがびしりとミシェルに肘鉄を入れる。ぐえっと蛙が潰れたような声が聞こえたがもうケイトは見てなかった。その場から離れて窓の外を見る。後ろからは「てめー何すんだ」「お前こそ何すんだ」などという言葉が聞こえるが、正直、ケイトは興味がないと心の中で笑い飛ばす。
ウィリアムは先ほど来ない隊員を引っ張ってくると言って出て行った。どう考えても自分たちを密室に閉じ込めて揉め事が起きるのを楽しみにしているのが見え見えな行為だ。
やれやれと呟きつつ、逃げ出せるかなぁ、と思い窓の外を観察する。二階だか結構な高さがある。木はあるものの窓からは結構な距離の位置だ。行けるか?いやー無理だ。
「へえ、下調べ?」
耳元で急に声が聞こえて驚いて後ろを振り向くと、楽しそうに微笑むクレナイがそこにいた。
「気配消して近づくとかやめろ」
「忍び足で近づいただけでそこまで言われるとはね」
くすくすと笑いながらケイトの後ろから腕を伸ばし窓を開ける。キイと頼りない音がした。
「逃げるならどうぞ」
「どーいう意味だよ」
「べつに。ただ君、思ってるより街の有名人になってるしうちの騎士団長が君が逃げたとして街から出ないよう命令が出てる。多分逃げ切れないんじゃないかなぁ。ていうかここ、結構高さあるから運が良くてもヒビくらいは行くと思うよ?」
「あっそ、ご忠告どーも」
自分が思っていたよりも物騒なことになっているらしい。どう逃げようか悩むのはこの際置いておくことにすべきかもしれない。だが騎士団で働く気もない。
「騎士団である程度真面目に働いてから今後考えてみたら?」
考えを読んだかのようなクレナイの言葉にケイトは「あ?」と声を漏らした。クレナイは開けた時と同じようにケイトの後ろから窓を閉めて言葉を続ける。
「どうせ女騎士とか言って噂が立ち続けるなんて今後女の騎士が入ったらありえないんだし。それに」
「それに?」
クレナイを見あげた。意外にもキレイな青い色の目が視界に入る。
「騎士は…結構な給料もらえるからね」
「なるほど」
ケイトはクレナイを見上げながら呟いて、次の瞬間にはしまったと顔をしかめる。しかしクレナイは言質は取れたという風情でケイトの肩を叩いた。
「あ、良かった逃げそうになくて。僕さぁ、君を逃がさないようにって言われてたんだよね」
「金目当てだっつの」
「いいのいいの、こっちも君逃がさないようするのが目当てだから」
がっちりと肩を掴んで逃げないぞ、と言わんばかりの力を込められる。痛ぇんだよ、と思った。しかしすぐにそれも和らぎ、意外に節くれだった手で優しくさするように肩を撫でられる。
「あ、忘れてたけど僕はクレナイ、多分君の相棒とかいうやつになるからよろしく」
「は?」
何を言われたのだ、今。聞き返そうとしたとき扉の向こうからのしのしという足音が聞こえ、ウィリアムが帰ってきたことが伺えた。同時にクレナイはケイトから離れいまだに漫才をするミシェルとメイベルに歩み寄っていった。
ケイトは変な脂汗が流れるのを感じた。
相棒?なんのだ?騎士はだいたい二人一組でいるのがこの国では通常なのは、普段街を巡回している奴を見て知っていたが、いやまさか。
「・・・ありえねぇ!!」
心底思ったことを叫んで壁を思いっきり蹴った。
何から何まで、ありえないことだらけだ。
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