道の街 | ナノ
第五章
がさ、という葉っぱが擦れるような音がした。
メアリーと暇つぶしに庭園にある植物の実を頬張っていたが不意に草を掻き分けるような耳障りな音がした。気のせいかと思い音のした垣根のほうを見つめるが一向に何も現れない。
「なになに、どうかした?」
「いや何か誰かいるような・・・」
葡萄に似た木の実を口に放り込みながらメアリーはロイが指差した方向を見る。しかし何かが動く気配は一切ない。
「勘違いじゃない?」
「でも確かにイダァ!?」
いたんだ、と続けようとしたが後ろから何かに突撃されロイはうずくまる。
何が起きたのかわからずに「いってぇ!」と叫ぶと「あはははは!」とい子供特有の甲高い笑い声が聞こえた。しかしそれはメアリーのものではない。
ぎっ、と後ろを睨むとそこには10歳ほどの少年が立っていた。
「何すんだ!」
「は、隙だらけのあんたが悪いんじゃない?」
びしりと指を指しロイを指摘する少年にロイは軽い殺意を覚える。何て生意気なガキなんだ。そんな雰囲気を察したのかメアリーはにこにこと笑いながら少年へと話しかける。
「ねえ君、どうしてここにいるの?」
人の良さそうな笑みだが反抗期気味の少年にとっては実に不快なものだったに違いない。眉と目をきっ、と吊り上げたまま再び何か言おうする。
「ここ私の家の庭なんだー、でも見ず知らずの人がいるからって全然なんとも思わないよ、仕方ないよね、私の家の庭だもんね」
笑顔とともにそう言う。はっきりと「不法侵入したけどまあ罪には問わないでもないかな、どうしようかな」という微妙な死刑宣告を受けた少年もさすがにその家の住人にそう言われて足が半歩下がった。
ロイは目の前で行われる脅迫まがいの行為を閉口したまま眺める。自分もある意味不法侵入者だからだ。
「じゃあまずはお名前でも聞こうかな?」
白々しい笑顔のままで問うてくるメアリーから目線を逸らし、少年はぼそぼそと呟く。おそらく名前を言ったのだろう、だがメアリーは「ん?」と聞き返す、あの笑顔のまま。
「・・・そろそろやめたれよ」
さすがに不憫に思いそう咎めるとメアリーはやっぱり笑顔を向けてきた。言葉はない、だが表情だけで黙ってろ、と言っているのがわかった。
少年のほうを見るとバチリと目が合う。目線だけで「助けて!」と言っくる少年はまるで蛇に食われそうな蛙そのものだった。
「・・・名前は?」
ロイはそう聞く。少年も目の前で不気味に微笑むメアリーよりロイのほうが実害が少ないと判断したのか身体ごとロイのほうへと向き直った。賢明な判断である。
「トニー」
「俺はロイ、こっちのねえちゃんはメアリーだ、でもって何でココに入ってきたの?」
そう聞くとトニーは気まずそうに俯く。いかに道の迷ったとは言ってもどう見ても人が住んでいるような庭に入るなんてないだろう。確信にも似た感覚にロイはトニーをじっと見つめた。
「・・・探してたんだ」
ぽつりと、だがはっきりとした口調でトニーは言った。ロイは目元を柔らかくしてさらに聞く。
「何を?」
「・・・道を」
「道?」
「迷い道を探してた」
最初はためらうように、しかしトニーはロイを見つめながら言い切った。その言葉にロイはちらりとメアリーを見る。
トニーの後ろに立ち、じっと彼を見つめていた。その目には何の感情もなく、言うなればまるで品定めをしているかのように静かなものだった。
この目が本当に嫌いだ。
その思考を断ち切るかのように再びトニーと視線を合わせる。トニーの目はメアリーとは逆に今にも溢れそうな何かを抑えてるようで、見ているこっちが心配になってしまう必死さがあった。
「何でまた」
「悩みがあるからに決まってんだろ」
先ほどまでの殊勝な態度も何のその、急に最初の調子に戻り始め今度はじっ、とロイを見つめてきた。
「あんたは知らないの?」
「え?あー・・・『迷いがある者は夢の中で雨が降る、聖堂から歩』」
聞かれてロイは普段から皆が言う言葉を口ずさみ始める。だがその返答に不満だったらしいトニーはムスッとした顔をするとロイの顔に引っこ抜いた草を投げた。
「うぁっ!!」
「そんなんじゃねぇよバーカ!!」
幼稚じみた文句を叫ぶとトニーはさっ、と身を翻して草木の間に消えてしまう。ロイはいきなりの強行に驚きながら内心「このクソガキ!」と罵った。口に入った草や土がザラザラと舌の上を漂いなんとも不快極まりない。その不快感にたまらずぺっ、と唾を吐き出すと頭を殴られた。
「いって!」
「せめて地面掘ってから吐いて」
今までだんまりを決め込んでいたメアリーがいきなりそういうと手を伸ばしてきた。へたりこんだままの自分を気遣っての行為らしいというのはわかったが何となく男の矜持がそれを許さず、地面に手をつき自分で立つ。だがメアリーは別段気にした様子もなくじっ、とトニーが去っていった方向へ視線を向けていた。
品定めをするような、その品定めが終わったような、やっぱりロイが好きになれない静かな目。何を考えているのかわからないが、予想はついた。
「あいつさ」
「うん?」
「来るのか?」
確信しているにも関わらず、あえてそう聞く。そう聞かざるを得ないほど、メアリーの目が嫌だった。はやくこの目をやめてほしかった。
そんな気持ちを知ってか知らずがメアリーは小さく頷きロイの方を向く。
「多分来るんじゃない?」
それは静かな目ではなく、いつもの調子のいい彼女の目でロイは心の中で「良かった」と呟いた。
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