道の街 | ナノ
第四章
イライラする。一つのイライラじゃない、たくさんのイライラが集まって胸がムカムカした。
踊りのことも、勘違いする奴も、あいつのことも全部に腹が立つ。
わき道から細道へ、右へ左へと曲がり一見突き当たりに見える角を曲がる。そうしてどんどん進んで行くと道が拓けて、花や木が埋めてある大きな庭のようなところへ出た。
色とりどりの花が埋めてある花壇のそばにはそれだけでは足りないとも言わんばかりに鉢植えに植えてある苗がある。鮮やかな葉をつける豊かな木々も、すべての喧騒を忘れてしまうほどに美しい。
さわさわと葉を揺らす風はまるでロイを落ち着けるために吹いてるかのように優しい。
もちろん勘違いではあるが。
このままここにいたらきっと全ての苛立ちを忘れるだろう。それでいいとロイは思った。
「不気味に微笑まないでくださーい」
妙なテンションの声が穏やかな思考を打ち切る。今度はさきほどとはまったく違うムカつきを感じたが無視するのも失礼に値すると思い振り返った。
ついさっき自身が出てきた壁と壁の間に小柄な少女が立っていた。
歳はロイと同じくらい、一見するとどこにでもいる少女だが利発そうな目元に見た目だけでは推し量ることのできない賢さが漂っている。そしてロイはこの目が苦手だった。
そんな心を知ってか知らずか、少女はニカッと笑いながらロイの隣に並ぶ。
低めの身長の自分と並んでもなお小さく見えるのだから相当小さいな、とロイは少女、メアリーを見ながら冷静に分析した。
「ねえねえ、何でさっき笑ってたの?」
「あんたには関係ない」
「あー出た、他人行儀、人様の家に不法侵入しといてその言い草はなぁに?」
「ぐっ・・・」
そう言われると言葉につまる。この緑豊かな庭園はメアリー(の祖母)の家の一角であり傍から見ればロイは確実に不法侵入者だろう。だが今日くらいは見逃してほしい気分だった。
「ま、良いけどねーいつものことだし」
本当にどうでもいい調子でそう言うと歩き出し花壇の一部に腰を下ろす。あまりにもタイミング良く「どうでもいい」と言われたので一瞬驚いたが、もしかしたら妙な顔でもしてしまったのかもしれない。メアリーは意外と人の感情に聡いのだ。
メアリーはロイの思考には一切気づく様子もなく、手に持っていたカゴを開けて中からフランクフルトを取り出した。
その行為にロイは溜息をつく。
「そういうのは食べ歩きするもんだろ?」
「常識が全てとは限らないでしょ?」
疑問に疑問で返すとおもむろに食べ始める。美味しそうにむしゃむしゃと、むしゃむしゃと、すごい笑顔で食べながらメアリーはロイに話しかける。
「ここに座りなよ、まだお菓子とかあるから」
ぺしぺしと隣を叩きながらそう言う。その姿に溜息を吐こうかと思ったが、やめた。大人しく言葉に従いメアリーの隣に座るとカゴの中を見る。中は意外とすっきりしているがそれでも焼き菓子や飴、何かの商品なのか笛のようなものまで入っている。
じっと見つめていると手が視界に入ってきて焼き菓子を取り出し、それが目と鼻の先に突きつけられた。
何事かと思い小さな手の持ち主を見る。
「ん」
食え、ということらしい。有無を言わせぬ雰囲気に逆らわず、むしろ喜んでそれを受け取り同じようにむしゃむしゃと頬張る。気分はさながらピクニックだ。
そうしてしばらく時間を潰すかのように食べ続ける。会話はない。なくても問題はなかった、なぜならロイは口数が多いほうではないし、対するメアリーはお喋りだが食べるのに集中している。この風景だけで十分に思えた。
「あのさー一つ聞いてもいいか?」
「んん?」
気のない返事を返すメアリーはいつの間にかフランクフルトを食べ終え隣に置いてある鉢植えを眺めていた。
「踊りあるだろ?それってさ・・・」
「んー」
「出なきゃいけないのかなーって」
ぽつり、と言って自分で納得した。そうだ、自分は何で出なきゃならないのだ、と思っていたのだ。だから誘ってくる子にも反発して、苛立ちばかりが募る。参加しなくてはならない、そういう風習、そんな決まりはないはずなのに参加することがまるで当然でしなかった奴をおかしいみたいに言う。それが気に入らないのだ。
すこし整理できた。だが聞いた以上相手の返答も聞くべきだろう。そう思いメアリーを見ると難しそうな顔をしていた。
「あれねー、私はねーどうでもいいかなーって思うけど」
「答える気あんのかよ」
踊りよりむしろこの会話自体がどうでも良さそうな雰囲気を持った言葉にロイはただ呆れた。だがメアリーは「違う違う」と否定を返しロイと目を合わせた。大きな目と視線が合う。
「そうじゃなくて自由参加って表示をきっちりしてるのに、参加するしないで討論するのは無意味に近いって言ってるの」
「はあ」
「何悩んでるのかは知らないけど、嫌なら嫌って言ったら?それも嫌ならおば様でも誘えばいいじゃん」
後半のはもう答える気がないのが丸分かりの雰囲気タラタラだったが、ようは参加したくないならそう言えばいい、ということだけは分かった。
ただそれには腹は立たず、何となくもやもやが消え去った気がした。
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