道の街 | ナノ
第一章


「はあっ・・・は・・・」

 青年は剣を握りしめて支えにしながら何とか立ち上がった。
 目の前には息絶えた軍服の男たちが血を流して倒れている。
 それを一瞥すると顔についた返り血を拭い、その場を急いで離れた。今ここで捕まるわけには行かなかった。
 剣についた血をすでに返り血で汚れたマントで拭くが曇りは一向に晴れない。おそらくもう使い物にはならないだろう。
 しかしそんなことは問題ではなかった。
 何が何でも生き残る。
 それ以外に、足を動かす理由はない。
 荒い呼吸音のみが響く空間の中で青年はひたすら東へと向かう。足がもつれこけそうになっても、疲れのあまりに途絶えそうになる意識を叱咤して自分自身を追い込む。

「死んで・・・なるもの、か」

 その姿に力はない。


 さらに数日後。
 メアリーは庭のハーブを収穫していた。
 季節は春、暖かい陽気にさらされ植物たちも幸せそうに風にそよいでいる。メアリーはこの庭が大好きだ。たくさんの植物達に囲まれ、いつどんな季節も様々な表情を見せてくれる、とくに春と夏の季節に見せる彼らの表情は見ているこちらも元気になれるというものだ。
 そよそよ、と風が吹くと静かに揺れる花たちのざわめきの心が癒される。
 上機嫌のままメアリーは優しい手つきでアンゼリカを茎から切る。花も茎も種も根も葉も全てが使えるハーブは鮮やかな緑を誇っていた。

「メアリー、すこしいいかしら」

 後ろから声が聞こえた。振り返ると数メートル離れた先に祖母のネイラがいる。普段よりもずっと真剣な祖母の様子にメアリーは急いで立ち上がり、アンゼリカを籠の中に丁寧にいれると、籠を抱えて祖母のもとまで走る。

「なんですか?」

「占いに兆しがでました」

 言われて、少し驚く。かなり前ではあるが『管理人』であったネイラは占いを得意とし、その達観した考えや穏やかな物腰からこの街の相談役としてかなり重要な立場にいる。
 だから普段から忙しく、とくに最近は占いをしていないと思っていた。

「昨晩から胸騒ぎがしたの」

「じゃあ迷い道に?」

「ええ、おそらく来るでしょう、ただその人のことを迎えに行ってあげなければなりません」

 それはまた妙な話だ。『迷い道』は辿り着くものであり、その人の心の思いの強さが『迷い道』への扉を開くのである。なのに迎えが必要とは一体どういうことなのか。
 怪訝そうに眉を顰める孫娘に気づいたネイラは小さく笑った。

「メアリー、この世には様々な人がいるの、自分で辿り着く人もいれば、辿り着けない人もいるわ・・・思いの強さがすべてに比例する『迷い道』なら尚の事、その人の心がより強く反映される」

「はあ・・・」

 ピンとこない。空気にそう出してみるとネイラは敏感に読み取りわかりやすく説明をしてくれる。

「迷いがあると『迷い道』に行ける、けれど万人がそうではない、ということよ。弱ければ行けないし、逆に強すぎても行けないの」

 困ったようにネイラはメアリーの頭を優しくなでた。

「迷いすぎて辿り着けるところに辿り着けない人もいる、そしてそんな人を導くのは『管理人』と『導き手』の仕事よ」

 わかった?と聞くとメアリーは元気よく「はい!」と返事をした。

「とにかくまずはロイのところに行ってきます!」

 何が「まず」なのかはさっぱりだが、ハーブの入った籠をネイラに預けると勢い良く走り出した。

「行ってらっしゃい」

 ネイラは穏やかな表情で手を振った。



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