道の街 | ナノ
第十四章
トニーは逸る気持ちを抑えながら暗闇から出た。帰り方は聞いていなかったが、何となくわかる。
そのうち空から光が差してきて、その光のまぶしさに思わず目をつぶった。
「わぁっ」
間抜けな声を出してトニーは起き上がる。
激しくまばたきをしてそこがいつもの自分の部屋なのに気づいた。窓の外にある空は少し日が翳っているが、まだ昼間と呼んで問題ない時間帯だろう。
ほんの数秒の間、それらを確認しながらぼうっとしていると何故か急がなくてはいけないという気持ちになる。
それを認めた途端に脳も身体も一気に覚醒して、すぐにベッドから起きると机の上に投げ捨てたのも含め全ての手紙を掴み部屋を飛び出した。
母親が驚いたように何か言ったのも無視して外へと出る。
見慣れた坂道を上がり、その丁度中間地点の民家と民家の間にある階段を上ると目の前にすこし高い場所にある、大人が2人並んでギリギリ歩けるという幅しかない細い坂道に出た。そこを必死で駆け上がり右手にある階段を再び上がる。
すると目の前には一面に芝が生えた大きめの庭が見えた。
息を少し整えてその芝の真ん中を突っ切り、木製の窓のガラスを控えめに叩いてみる。
わずかに見えた人影は立ち上がりゆっくりとした動作で窓を覗く、しかし驚いたような顔をしたと思ったらすごい勢いで鍵を外して、窓を開けた。
「トニー!?」
「・・・うっす」
行儀の悪い口調で返事をする。普段なら行儀が悪いと言ってたしなめてくるが、メグはそんなもの聞いてもいないというふうに口をパクパクさせた。
最後に会ったのは引越しが決まった一ヶ月ほど前だった。それからは顔を合わせていないし、すれ違っても無視を決め込んでいた。そんな自分がいきなり会いにきたというのがよほど驚いたらしい、うー、あー、などと言って顔を俯かせた。
「・・・ごめん」
トニーは呟いた。メグはぱっ、と顔を上げると小さく「ううん」と言う。
「わたしもごめん」
謝られてすこし泣きそうになった。悪いには自分なのに、という気持ちで一杯になる。しかし涙をこらえて腕に掴んだたくさんの手紙をメグに突き出す。気がつかないうちにいくつか減っていたが、小さな片手には今にもはちきれそうなばかりの量が握られている。
メグはそれが自分が今まであげていた手紙だと気づいたのか少し気まずそうな顔になった。
「謝んなよっ、あとこれいらない。言っとくけど、イヤとかそういうんじゃないからな!」
突き出した手紙を部屋の中に落とす。するとメグは今にも泣きそうな顔になり、目の端には小さな水が浮かんできた。
「すごい人のところに行くんだろ?もっと上手くなってからおれにちょうだい」
言い切るとメグは驚いたように目を見開き、じっとトニーの顔を見つめてきた。言いようのない居心地の悪さに目を逸らしそうになるが、ここで逸らしたら男がすたるといわんばかりの顔つきでメグの目を見続けた。
「おれ、ずっとこの街にいるから。待ってるから、行ってこいよ」
かなりの恥ずかしさと胸を締め付けるような寂しさを押し殺して言うと、メグは今度こそ涙を流し始めた。
「わたしがんばるっ、トニーにわたしが絵が好きなこと、もっともっと知ってもらいたいから・・・だから、がんばるっ」
ボロボロボロ、と音が鳴りそうなほど涙をこぼれた。トニーは泣くまいと決めていたが一緒に泣いた。寂しいという感情と約束を共有して一緒にボロボロと泣いた。
しばらくして、トニーは泣きはらした目を擦りながら来た道を今度はゆっくりとした足取りで歩いていた。誰にも見られたくないから石畳の地面を見つめて、出来るだけ前を見ないように歩く。
「おーい!」
いきなり大声で話しかけられ心臓がバクバクした。後ろを振り返るとトニーより幾分か年上の少女が手に白い紙を握っている。少女は駆け足で近寄るとその紙を差し出した。
「これ落としたでしょ?」
それは手紙の一部、メグの描いた絵だった。行く途中に落とした数枚のうちの一つだと気づくとトニーは素直にそれを返してもらう。
「ありがと」
「どういたしまして。ね、それ、良い絵だね」
言われてトニーは目を瞬く。しかしすぐに照れくさそうな笑みを浮かべて当然というふうに胸を張った。
「これ、あと何年かしたらすごい画家になるやつの絵なんだぜ!」
そう言うとメグの絵を大切そうに握り締め家への道を駆けはじめた。その横顔には以前のような曇りはなく純粋な、しかし少し捻くれた少年の顔だけがあった。
メアリーはそれをしっかりと確認すると、何が面白いのか「ふふふ」と笑って自分自身も家へと向かった。
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