道の街 | ナノ
第十一章


 メグの本当の名前は「マーガレット」というらしい。
 それを聞いたとき「長い名前だなぁ」って思った。メグも同じことを思っているらしく、自分のことを「マーガレット」と呼ぶ人は多分物好きなんだよって言った。
 メグははっきりと思ったことを言うくせに妙におどおどしたところがあって、とくに初めて会う人にはとても怯えることが多かった。俺と会った時は怯えなかったくせに、そう言うと決まって「トニーは怖くなかったの」と言った。「わたしより泣くんだもん」と。
 母さんとメグの母さんは幼馴染で、メグの母さんが昔に引っ越して、最近になってノアに戻ってきたらしくいつも楽しそうにお喋りをしていた。その間俺とメグは暇でたまらないので迷路のような道を歩いたり公園で遊んで、しばらくすると疲れてヘトヘトになるから二人そろって家で絵を描いた。
 俺の絵は本当に子供って感じの丸とか四角とかがたくさんある絵でよく父さんに笑われたけど、メグの絵はまるで大人が描いたみたいにキレイで、それこそ丸や四角なんて幾何学なものはまったくなかった。色もクレヨンをたくさん使ってとても色鮮やかなものばかりで景色を切り取ったような絵ではないのに本物のように、でもそれ以上にきれいな絵を描いた。

『どうしてメグは上手に描けるの?』

 そうやって俺が尋ねるとメグは決まって「んー」と首を傾げてすごく楽しそうな顔で

「わかんない!」と言った。わかんないなら仕方ないよね、俺もそう言って笑った。
 それから何年か経ったある日、メグの家に1人の男がやってきた。身なりは良くて、少なくとも迷路みたいな道が有名という奇抜な街に気まぐれでやってくるような人物には見えない、でもその人物は迷いもなくメグの家の扉を叩き、そして彼女の家へと入っていった。
 俺はなんとなく底知れない不安感を感じたけど何も言わなかった。前に人相の悪いおじさんに立ち向かったら実は街に越してきたばかりの大工さんだったことがあるからだ。
 それから数日後、メグの母親がやってきて急に首都に引っ越す事になった、と言った。俺が「何で!?」と引っ切り無しに騒ぎ出すとメグの母親は困ったように笑って「メグの才能が認められたの」と言った。信じられなくてすぐにメグのところに行きその事を聞くとその事実を肯定された。「私、すごい画家の先生の弟子になるんだよ」と誇らしげに、そしてすこし寂しげに。
 それからはあまり家から出なくなった。メグがいなくなるなんて考えた事が無い上にあの後彼女に対して「勝手にしろよ大した絵も描けないくせに!」ととても酷いこと言ったから、もしも外で彼女に会うことになったらと思うと外にも出たくなかった。
 家にいても何も変わらないのは分かっていた。でも足が動かなかった。
 たまに両親の話すメグのことを解釈すると「前にだしたコンクールで彼女の絵が高名な画家の目に留まった」らしい。つまり自分の言った酷い言葉はまったく正反対で、正しいのは彼女なのだ。それだけは理解できた。
 でも心ではそうはいかなかった。ずっと一緒で、これからもずっと同じ街で過ごしていくんだと思っていた相手が、いきなりいなくなるなんて想像もつかなかったからだ。
 いなくなるとはどういうことなのだろう。
 目が覚めて遊びに行っても誰もいないことだろうか、それとも話題に出してもみんなに「そんな奴いたっけ」と言われることだろうか、もう一緒に道を探検することもできなくなることだろうか、相手に忘れられ、自分も彼女を忘れてしまうことだろうか。
 全部が当たっていて、全部が間違いのような想像が頭の中をうごめいてその度に言い知れない不安ばかりが沸き起こる。
 絶対にいなくなってほしくない、気が付いたらいないなんて怖い、怖すぎる。
 ずっと悶々とそう考えていたトニーの中に街に伝わる歌が出てきたのは唐突だった。

 『迷いがある者は夢の中で雨が降る、聖堂から歩け、古きを祭るわき道を行け、神が宿る方へと向かい、音が消え、月が現れる頃黒い影がその場を満たす』

 トニーはその歌が出てきた瞬間にひらめいた。街に伝わる「どんな悩みでも解決してくれる道」、その存在だけが自分とメグを繋ぎ合わせてくれる唯一の方法だ。
 その日からトニーは必死で街を歩き探した。時には誰も通らないような細い道を、人の家に繋がる隠された道を通り、ひたすらその道を探し続けた。
 ぐるぐるぐるぐる、その速度と同じようにメグが引っ越す日にちも近づいてくる。トニーはその日にちに間に合うように、歩き続けた。
 これしかないと言わんばかりに、それ以外の方法が思いつかないとばかりに。



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