道の街 | ナノ
第十章


『トニー、おいで』

 声がした、おれを呼ぶ声だ。
 何故かそっちへ行かなくてはいけない気がしてトニーは走ろうと足を動かす。しかし上手く歩けずにこけてしまった。どうにか起き上がろうとするがそれすらも出来ない、しかも顔面は打たなかったものの右の膝が痛い。すりむいたようだ。

『ぅわああああっ!』

 おれが大きな声で泣いていると母さんが困ったようにやってきておれをなだめはじめた。恥ずかしくて、情けなくて、だからなおさら泣きたくないのに身体が言う事を聞かずにずっと泣き続けている。

『ほら大丈夫だから』

『どうしたの?』

『こけて泣いちゃったの』

 知らない声と母さんが話している。涙で曇った目には声の相手がぼやけてとても怖いものにしか見えなくてさらに泣いてしまう。

『ああ、また・・・』

『トニーは泣き虫なのね』

『いつもなのよ』

 うるさい!泣き虫じゃない!あんた、おれの何を知ってるんだよ!!
 目の前の声と母さんが勝手に何かを言っているのにおれは強烈な反感を覚えてさらに手足をバタつかせる。しかしその行動すら煽るものがあるらしく勝手な物言いはエスカレートしていくばかりでおれはもう我慢が出来ずに今までで一番大きな声で泣いた。

『どうしたの?』

 新しい声が増えた。おれはもう恐怖と怒りと情けなさとがごちゃまぜになったよくわからない感情を誤魔化したくて大泣きを続ける、もうコレしかないというくらいに泣き続ける。

『ごめんね、起こしちゃった?』

『どうしてこの子泣いてるの?』

『こけちゃったから』

 新しい声は「ふーん」というと顔を寄せてきた。いきなり知らないひとの顔が間近にあらわれ俺は泣き止む。でも喉でたまる空気でひくひく言ってしまい、今度は一気に羞恥心が心を満たした。

『あら泣き止んだ』

『もうトニーは泣き虫なんだから』

 母さんがふふふ、と、もう1人の声の女の人がくすくすと笑っている。おれはむっ、として文句を言おうとしたが先ほどとは打って変わってまったく身体が言う事を聞かなかった。逆にまた涙が溢れてきてしまう。もうダメだ、また泣いてしまう。

『どうしてそういうこと言うの!』

 こぼれる、そう思った瞬間、大きな声が涙を吹き飛ばした。
 何がなんだかわからずに顔を上げるとさっきまで目の前にあった顔が今度は背を向けて母さんに叫ぶ。

『この子ね、今すっごく我慢してたのに、そういうこと言っちゃいけないんだよ!』

 つっかえながら頑張って必死にそういうと今度はその子が俯いた。「っぅう」といううめき声のようなものが聞こえてきておれは瞬時に「この子泣きそう」と思った。
 おれがどうしようとおろおろし始めると母さんと女の人もビックリした様子でどうしようかという仕草をする。
 何もしない母さんに対して俺は「何とかしろよ!」って思ったけどやっぱり身体は言うことを聞かなくて勝手に泣いてしまう。
 わんわんわんわん、と。
 何となく一緒に泣いて、一緒に叫ぶうちに何となく思い出した。これはおれと『メグ』が始めて会ったときのことなんだって。
 でも何年前とかまったくわからない、おれがいつまで泣き虫だったか、まったく思い出せないからだ。



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