道の街 | ナノ
第九章
「・・・あれはないんじゃない?」
「物分りの悪い子にはコレが一番・・・っておばあさまが言ってたし〜」
メアリーは事も無げにさらりと言うと急にスカートの裾を翻し、両手を組んで「うふっ」と微笑んで見せる。何故か悪いものを見たような心地になり、ロイはそっと目をそらした。直視できないとの判断である。
トニーと別れた後、ロイとメアリーは直接『迷い道』へ来た。本来『迷い道』は夢と現実の間に存在するものだから起きたまま入る事は不可能なのだが、「管理人」という役目を引き継いだメアリーと、そのメアリーに半分強制的に「導き手」としての役割を課せられたロイは起きたまま、しかも精神ではなく肉体を持ったままで入れる。原理は謎だ。
頭の中でそのことを意識しながらどこか現実感がない感覚のままでロイは自分の足を動かし、さきほどまでトニーがいた場所の地面を靴で擦ってみる。
「どーかした?」
「や、『あの』トニーが実体じゃなくて精神っていうのがまだ信じられないっていうかさ」
直接『迷い道』に入れる二人とは違いトニーみたいな「迷い人」は夢としてここにやってきている、つまり「肉体」のある存在ではなく「精神」のみの存在なのだ。導き手として何回かここに来ていても未だに自分達とどう違うのかがわからない、というのが正直な感想だった。
メアリーは数回瞬きをして、まるで何かを考え込むかのよう唸る。だがすぐに思いついたようにロイのそばに来て、ロイの手を握った。
急に手を握られて気色悪そうな顔をするとロイはじっとメアリーを見た。
「・・・なんでしょうかねこの手は」
「ホラ、あたしの手あったかいでしょ?」
「そりゃあまあそうだろね」
「後でトニーの手握ってみなよ、多分冷たいから」
事も無げにそう言うとぱっ、と手を離しエプロンで手を拭いた。ロイも離された手をさっ、とズボンで拭く。互いに妙な沈黙を感じ、二人は「ははは」と微笑を返しあった。
「・・・で、あいつ結局どうなんの?」
「んーどうにかなるでしょ」
あまりにも無責任な物言いにロイは眉を顰めた。しかしメアリーは指を振りそういう意味ではないと、言外に語る。
「ココに来て、悩みが解決するかなんて私たちには関係ないもん、最後は本人が解決できたって納得するかどうか」
「で、ほっとくのかよ」
「まさか」
放っておくわけないじゃん、そう言うと同時に足元に穴が出来る。真っ黒い絵の具をこぼしたような穴からはボコボコ、という煮えるような音がしており、次の瞬間には水のような、黒い液体が溢れてきた。だが徐々に穴は光を放ち鏡のように透明になる。
「では、悪趣味な心覗き鑑賞会を始めますか」
軽くそう言うメアリーを見ずにロイは穴に満ちる水を見つめた。
鏡のような水は風があるわけでもないのに揺れている。そしてゆっくりと何かを映し始めた。
「・・・本当に悪趣味なことしてるよな俺ら」
返答はない。
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