道の街 | ナノ
第八章


 そこは路地裏というにはあまりにも暗く、道にも路地にも見えないほどに広く一直線に伸びた場所だった。
 トニーは呆然と目の前の光景を見詰める。幻想的とも不気味とも思える世界、トニーは直感的にここが普通じゃないところなのだと気づいた。
 恐る恐る立ち上がり周りを見渡すが、そこにあるのは「黒」のみで他には何も無い。いや、実際には樽や木箱や空き瓶が転がっているが、それが視覚的に捉えられていることが不思議なほどにそこが暗いのだ。
 壁も地面も横に置いてある樽や木箱、瓶、石、さらにはレンガまでが真っ黒で、でもその一つ一つが一体化しているわけではなく白い線で囲まれているかのように存在を保っている。

「・・・何これ」

 驚きすぎて崩れた情けない顔でトニーは呟くとおもむろに壁を触り、次に横にあった樽を叩く。
 ざりっという感触も、バンバンという音も、普通の壁と樽そのものだ。

「・・・何やってんだよ」

 後ろから呆れたような声がして、驚いて振り返るとそこには昼間会った二人がいた。

「あんたたち・・・なんで」

 トニーは自分心臓がドキドキと異常な早鐘を打っているのを耳の奥で感じた。だがロイは声の通りやはり呆れたままの顔で、メアリーは木箱に腰掛けじっ、とトニーを見つめている。その様子は平常そのものでおかしいのは自分なのではないかと錯覚させられてしまいそうだ。

「あー・・・俺たちはここの番人っていうか、あー・・・」

「小難しい話はなし」

 説明を始めようとするロイを押しのけメアリーはトニーの前に立つ。壁も地面も全てが真っ黒の中、色素の薄いメアリーの髪は否応なく目立った。トニーは不思議と、目の前にいる存在は自分とは違うものではないのかと思った。
 一瞬怯んだように足を一歩後ろへ下げたトニーをメアリーは冷静な目で見つめ、とつとつと話し始める。

「いらっしゃい、って言うべきかなトニー少年・・・って、なんで逃げようしてるの」

「当然だろ!あんた達なんだよ、ここはドコだよ!」

 舌を今にも噛みそうな勢いでそう言い放つとキッとメアリーを睨みつける。だがメアリーはそんな様子を意にも介さず、呆れたように溜息を吐いた。

「どこ?ここはあんたが心底行きたがってたところじゃん」

 何を言ってるんだよ、そう言おうとしたはずなのにその前に思考があふれ出てくる。どこに行きたかった?悩みを解決してくれる不思議な場所、みんなが知っているのに誰も知らない道、夢の中で雨が降って、影が支配するところ。
 トニーは恐る恐るメアリーを見た。
 ガラス玉のようなキラキラした目はよくあいつに付き合わされて人形店に行った時にたくさんあった人形のようで、その何とも言えない不気味さに見ていて鳥肌が立った。
 そしてメアリーはその目のままニヤリとも、ニコリとも取れない微笑を浮かべはっきりと言った。

「ようこそ『迷い道』へ、とりあえずいってらっしゃい」

 そう言われて「は?」と思ったと同時に足元にぼこり、と穴が開いた。
 多分開いたのだろう何故なら今自分自身がその穴から落ちているのだから。

「なんでだよぉ!!」

 叫ぶが声は反響すらしない、暗い穴の中でトニーは半泣きになりながら、気を失った。



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