道の街 | ナノ
第七章


 ぽつり、と顔に何かが当たる感触がして、目が覚めた。
 トニーはぼんやりと目を開ける、だがそこに見慣れた部屋の天井はなく不思議な夜闇に覆われた雨空があった。
 何事かと思い身を起こすと見慣れた生垣が見える。
 教会の生垣だ。毎年白い花をつける背の低い木が植えられていて、それを見ては「可愛い、絵を描きたい」とメグが言っていたのを思い出す。だが問題はそこではなく、なぜこんなところにいるのかだ。

「おれ、部屋で寝てたような」

 そう、確かに部屋で寝てしまったのだ。だからこんな道のど真ん中で、しかも仰向けで寝ていたなんてありえない。
 視線を忙しなく動かしながら周りを確認する。確かにノア唯一の教会、見慣れた生垣、店がそこにはあるのにいつもとは違うように感じられた。すくなくとも自分が知っているノアではない。
 ふっ、とポツポツという音を聴覚が捉える。
 雨だ。しかも結構降っている。
 なぜ今まで気づかなかったのか、よほど寝ぼけていたのかトニーは焦ってどこか雨宿りできる場所は無いかを探す。
 するとさっきまでは何もなかった場所に銅像が立っていた。驚いてそこまで行くと銅像の全貌が露わになる。
 いかにも古い、髪の長い美しい女性の像だった。細身のドレスをまとい、だが右手には大きな長剣を握り締め毅然と前を向いていた。しかし雨に濡れているせいで泣いているように見える。大きくはないがその存在にトニーは圧倒された。
 ほぼ無意識に「触れたい」と思い手を伸ばすが、その感触に驚き手を引っ込める。
 冷たくなかった。まるで生きているかのように暖かく、そして水の感触などなかった。
 そこで自分が雨に濡れていないことに気づいた。ここまで降っているというのに、まったく濡れていない、むしろ晴れた太陽の下を歩いていたのかと勘違いするほどに暖かい。

「なにこれ」

 自分の身体を触りながら頭を抱える。ぐるぐると思考が回転し、だがそれは空回りのような気がして、それでも考え続ける。
 考えた結果、一つの可能性に行き当たった。

「夢だ」

 自分は部屋で寝たいたのだからこれは夢だ。夢に決まっている。なのに何故か心がざわついた。さっき銅像に触った、濡れた感触も冷たくもなかったが、それでも銅像特有の硬い感触がしたし、今いる場所だって雰囲気こそ普段とは違うものの、やっぱりノアだ。
 ぼやぼやと思考が蕩けてくる。何もわからなくなってきたらどうやら人間放心状態になるらしい。
 何も考えられなくなった脳内、なのに何故か言葉が溢れてきた。

『迷いがある者は夢の中で雨が降る』

 雨が降る。そうだ雨が降るのだ。『夢の中』で『雨が降る』。まるで今の自分ではないか。言いようの無い感覚が湧き上がり詩の続きは何だ、思い出せと、必死に脳に命令する。しかし脳はその指示は不必要であると言わんばかりの勢い次の言葉を浮かび上がらせた。

『聖堂から歩け、古きを祭るわき道を行け』

 本能的に銅像の横を見る。そこには道があり、それはやはり普段のノアにはない道だった。自分の脳に刷り込まれた詩と本能に従い、わき道へと飛び込む。
 まっすぐで迷うことのない、不思議な道だった。砂利を踏みしめるような音がしたかと思ったらレンガを蹴る音に変わる。落ちてくる雨粒は不思議な光を放ちキラキラと行きたい方を照らしてくれた。
 そのまま感覚に任せて進むと三方向に分かれた道が現れる。一瞬どの道に勧めばいいかわからずに立ち止まる。

『神が宿る方へと向かい』

 次の詩を思い出す。機械的に再生されていくそれに何の疑問も抱かずにトニーの足は右の道へと動いた。
 さっきの銅像が右手に剣を構えていたからだ。
 息が切れるのも気にせずにひたすら足を動かす。右左右左。足が絡まり倒れそうになっても気にせず、髪がボサボサになっても構わずに、前だけを見ながら走っていた。
 そこでさっきまで降っていた光る雨粒も、妙な足音も消えていることに気づいた。

「『音が消え』た」

 呆然と、立ち止まる。前は行き止まりで左右にも道は無い。だが絶望感はなかった。
 上を向くと雨は止み、月が出ていた。

『月が現れる頃黒い影がその場を満たす』

 同時に最後の言葉を思い出す。そしてそれと同時に自分自身の影がゆらゆら揺れているのに気づいた。
 焦って後ろを振り向くとまるで意思をもっているような動きでトニーの影はトニーへと向かう。
 食われる!
 そう思い後ろへと逃げようとしたが、後ろは行き止まりでどうしようなく、両手で自分の身を守ろうとする。だが予想した衝撃も痛みも来ず、影はトニーを無視して壁へと吸い込まれていった。
 そして同時に、後ろの壁がなくなり全体重をかけていたトニーは背中からこける。
 痛みはなかった。



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