観察、する | ナノ
「委員長、これ飲んでみろよ」
「んー」
生返事をして見た目も確認せずに、差し出された紙パックのストローに口をつけ軽く吸う。
途端に広がる苦いともすっぱいとも取れない妙な刺激に、飲んだものを吹き出しそうになった。
「まず…っ」
「だろ!?」
「自信満々なところ悪いけど、なんでこれを買ったの?」
「間違えて押した」
「ドジ」
「うるせぇ!」
鼻で笑い飛ばすように言うと切原は紙パックを乱暴に掴んで一気飲みをした。
すると今にも吐きそうな青い顔をして一言「まじぃ」と呟く。
パッケージにゴーヤとレモンとグレープフルーツの描かれたジュースなるものを一気飲みなどするからだ。
偶然出会った日曜日から数日、音子は切原に普通に挨拶されたことにかなり引いた。けれど切原は一切気にしていない様子で一日に一回は絡んでくる。
「あーあ、100円無駄にしちまった」
「好奇心だけでそーゆうの買うからだよ、天罰が下ったんだね、無駄遣い禁止」
「委員長母ちゃんかよ」
「せめて姉にして」
「もう姉ちゃんはいらね」
「こっちこそ弟は一人で十分」
「委員長なに、姉ちゃんなわけ?」
興味津々といった様子で尋ねられて少し怯んでしまう。
「まーね」
「うわ納得かも」
切原は大仰に頷いた。
その姿を見ながら、そうだろうか、と思った瞬間、だろうなと考えをあらためる。
「切原が弟なのも納得」
「なんでだよ」
「私の弟と似てるから」
不服そうな表情を浮かべる切原を横目に机に出した理科の教科書をトントンと整える。
「委員長の弟って何歳?」
「一桁」
「げーっ!」
あからさまに嫌そうな声を出したと思ったら、しゃがんで机に突っ伏した。するといつものもしゃもしゃの髪の毛しか見えなくなったから、つい観察してしまう。
真っ黒いくせ毛は遠目から見たらワカメなのに、近くで見ると意外とサラサラで綺麗な感じがする。日の光の当たり具合だろうか。
「まあ元気出してよ、私らこないだまでランドセルだったし」
じろじろと切原の髪を見ながら適当なことを言ってみる。すると顔を上げて、器用に頬を膨らませながら話し出す。
「…一桁ではなかった」
「しつこい。話は変わるけど切原って剛毛?」
「隠れ直毛」
「はい嘘ー、残念だがっかりだ君には失望した」
「そこまで言う必要なくね!?つかわかってねぇよ委員長、俺水に濡らしたらマジでさらさらになるから」
「じゃあ今すぐバケツで水被ってこい、私がこの目で確認する」
鼻で笑いながら言うと愕然とした様子でありえねぇと呟かれる。
「なにが?」
「キツい、幸村部長並」
「ごめん、誰かわかんないや」
理科の教科書の端が折れているのに気付いて直す。が、その間切原の反応はない。
すこし不審に思って見てみると、ここ最近見慣れた「ありえない」を体言した驚いた表情をしていた。
「ま、まじで…マジで部長知らねぇの?」
「うん、知らない。ごめん」
「や、悪くはないけど」
驚きすぎて何も言えない、といったところだろうか。
これも最近気付いたことだが、どうやら立海テニス部はかなり有名で、知らないことがありえないと言われる。そして自分はまったく立海テニス部どころかテニスに興味がない、かつ知識もな何もないからかなり珍しい存在、らしい。
「委員長ってさ」
「うん?」
「わりと無関心?」
聞かれてうーんと唸る。そう思われていたとは心外だ。
「そうゆうのじゃなくて、切原みたいにコレ!っていうのがないだけ」
「なんだよソレ」
わけわかんね、と言ったところでチャイムが鳴った。がやがやと騒がしい教室を切原は横切って自分の席に戻っていく。
その後ろ姿を眺めながら、誰かに自分のことを聞かれたのなんて始めてだということに気付く。
人を見つめる癖のある自分は、人に聞かなくても大体のことがわかる。人となりと交遊関係なんてものはとくに。でも他人に興味は持たれたことは一度もない。
だから、切原赤也はほんとに面白いやつだ。思わず小さく笑ってしまい隣の子に変な目で見られてしまった。
←観察、する