観察、する | ナノ


 強い日差しが眩しい日曜日、音子は額から出てきた汗を軽く拭き取り購入した文具品の入った鞄を抱え直した。
 人通りの多い道を進みながら、たくさんの店をひやかし気分で覗く。
 ブランド、服、鞄、宝石。たくさんのショーウインドーが並ぶ道を歩くことのつまらないこと。取り立てて見るものなどないと考えながら、ピタリと視線が一つの店に留まる。
 ショーウインドーにはたくさんのシューズや野球のバット。そしてテニスラケットとテニスボール。
 いわゆるスポーツショップだ。
 何となく近づいて、あらためて中を覗いてみる。近くで見ると意外とテニスボールというものは小さく、失礼ながら、あのガサツそうな切原が器用に打ち返すことができるような代物には見えない。
 自分はお世辞にも運動神経が良いとは言えないから、余計そう思うのだろう。

「…委員長?」

 ぽつりと役職名を呼ばれて顔をあげる。
 まさかあたしのことか?名前で呼べよ。
 そう言おうとして、動きを止める。

「何やってんの?」

 スポーツバックを抱えた切原が珍しそうな顔をしてこちらを見ていた。

「…そっちこそ、なんでいるの?」

「ガット張り替えに来ただけだし、つーか何?委員長テニスに興味あんの?」

 テニスラケットをまじまじと見ていたのを見られていたらしい。
 少し恥ずかしくて「うっ」と言葉を詰まらせるが、すぐになんでもないような態度を取る。

「ない。ていうかガットって何?」

 まさかあんたのこと考えてた、と言うわけにもいかないので思ったことを口にした。

「知らねえの!?」

 切原は大きな目をさらに見開いて驚く。
 まだ少し高い声が耳にキーンと響いた。音子が微妙な耳鳴りと戦っている間、切原は「え?マジで?ガチで??」と信じられない様子を隠そうとせずに聞いてくる。

「ちょ…そんな驚かなくても」

「驚くっしょ!普通ガットくらい知ってるもんだろ!」

「だってテニス興味ないし、ていうか運動興味ないし」

「なに部?」

「…調理部幽霊部員」

「…一年でかよ」

 ありえねぇ、と言われバツが悪くなる。まるで悪いことが見つかった子供のような気分だ。

「それで?ガットって何?」

 ごまかすために大声になってしまったがが、切原は気にする様子もなく「教えんのかよー」とぼやく。

「ほら、ラケットの面の糸っぽいやつ」

「ああ、ガットって言うんだアレ」

 初耳だ。
 思わず「ガットガット」と口にしていると「ホントに知らねぇんだ」と面白そうに呟かれた。

「興味なかったから…ところでもう一ついい?」

「なんだよ」

「ガットって張替えれるもんなの?」

ぶはっ

 何の音だと思う前に、目の前にいる切原から「あははは!」という笑い声が聞こえてきた。
 ふ、噴き出した音?
 状況について行けず呆然としている間も切原は爆笑を続ける。

「は、張替えれるもんなのとか…じゃ、俺何しにここいんのっ」

「…だねぇ」

 まったくだ。脈絡のない会話をしてしまったことと、知識がない自分をさらけ出してしまったようでなんだか恥ずかしい。
 きわめつけには顔を赤くしムスッとする音子を見ながら切原は「あーおもれー」とのたまった。
 テニス部員って絶対に自意識過剰だ。みんながテニスのことをそこそこ知ってると思ってるに違いない。

「委員長おもしれー」

 そうだろうか。よくわからなかったからとりあえず「それはありがと」と言ってみる。
 新たな発見。切原は意外に笑い上戸なのかもしれない。
 よくわからないけど。



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