観察、する | ナノ


 朝は涙がたくさん出る。

「く…あ、ふあぁぁぁぁぁ…」

 あくびの回数が半端じゃないから、比例して塩水が目から溢れ出てくるという意味で。
 始業十分前、音子は机に突っ伏す形でぼんやりとしていた。その脳内において昨日の出来事は完全に隅の隅に寄せられている。
 わけでもなく、これから起こるだろうことを考えるとちょっとだけ憂鬱になるから考えないように放置されていた。
 さらに考えないよう「あー」だの「うー」だのと呟く。

「委員長ー小テストの範囲さー」

「んー」

 話し掛けられて顔をあげる。たいして仲良くもないクラスメートの言葉に答えながらまた欠伸をした。
 聴覚が麻痺して一瞬音が聞こえなくなる。


…タバタバタバタ、バン!


 しかしすぐに蘇った聴覚に届いたのは激しい足音と、教室の扉を開く音だった。
 音の方向を見てみると 見覚えのあるくせ毛が頭を振り乱し何かを捜すように教室内を見渡していた。
 なんだなんだと騒がしい教室の中で私は視線を逸らそうとした、がその前に視線がかち合ってしまう。
 あ、やべ。って昨日も同じこと考えたな。などと考えている間に切原は綺麗そうに見えて汚い配列のされた机の隙間を縫って近寄ってくる。
 目は赤くないけど怒っていることだけはわかった。

「おい!お前のせいで昨日は大変だったんだぞ!!」

「ドンマイっ」

「なんだとぉ!!」

「Don't mindの略」

「聞いてねぇよっ」

「知ってるよ」

 切原の目は赤くはなっていないけど心なしか血走ってる。これは相当きてる。

「ていうか何で私のせいになってるの?意味わからない」

 何となくこうなるのは予想していたものの、ここまで怨まれる筋合いはないはずだ。そういう意味をこめて聞いてみると、切原は待っていましたとばかりに目を危ない意味で輝かせる。
 聞くんじゃなかったかもと思うも遅く、すでに彼の口からはスラスラと言葉がでてきていた。

「あんたがあそこで呼び止めたせいで俺は副部長におもいっきり殴られて五十周も走らされたんだ!」

「はあ…」

「しかもワカメ頭って言いやがった!」

「あ、それは否定しな…ってあんたもニキビづらって言った!その件についてはイーブン!!」

 そもそも好きで呼び止めたわけじゃない、担任に頼まれて冊子を渡すために仕方なく呼び止めただけでむしろ人徳のある行動をしたつもりだ。
 たしかにワカメ諸々については悪かったが、それは切原の言ったニキビづらと相殺されたはず。
 なのになぜ悪者扱いされるのか。ぷちーん、と頭の中の何かがキレた音がした。そんな私の雰囲気を察したのか、切原はさっきまでの威勢はどこへやら、若干引いている。
 しかし一本切れた私にはまったく関係ない。

「いいかワカメ頭よぉく聞け、私はあんたに冊子を持ってった、であんたが突っ掛かってきてあんたの先輩が余計なこと言ってあんたが勘違いしたから、私はついキレたのそれだけ」

「ちょ、おい…」

「よってあんたが先輩に殴られて五十周するハメになったのは私のせいじゃなーい!!」

 始業二分前、教室内に私の叫び声が響いた。



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