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「浅井、これ切原に渡してくれ」

「嫌です」

 はっきり断ったのに担任はそんな堅苦しいこと言うなよ、と言って私にA4サイズの冊子を押し付けてどこかに逃げ去った。教師という存在を呪いたい衝動に駆られたけれど、まずは手にある冊子をどうにかしようと思い放課後のテニスコートに向かった。

 これが現在までの経緯。だからクラス委員長なんて嫌なんだ。なんで私が…、と毎日を不服に過ごすのももうあきた、なんてこともなく毎日愚痴を呟く日々。
 腹いせに渡された冊子を1ページめくる。面倒を押し付けられた、その報酬みたいなものだ。

「…ばっかでコイツー」

 まず1ページ目には悲惨な点数のテスト。次のページからはbe動詞からはじまる英語の説明。中学一年二学期の後半に差し掛かろうとしているのにこれはひどい、というかここまでくれば悲惨だ。
 周りの話から切原の英語能力のなさは聞いたことがあったけれど、これは笑いを禁じえないレベルに近い。

(まあ、ぽいよね)

 切原赤也はクラスでもかなり目立つタイプだと思う。動いて騒いでいないと死んでしまいそうな、軽くてあまり言動に責任を持たないタイプ。
 そう思っている。
 はっきり言って苦手だ。
 男子自体苦手だけど。そんなことをうだうだ考えているといつの間にかテニスコートに着いていた。
 相変わらず広いコートの周りにたくさんの人だかり、というか女子。
 うわあ、と呟いて今すぐ帰りたくなった。けれど先生が手ずからこしらえた切原専用の問題集を持って帰るのはすごく嫌だ。というか切原関連のものを持って帰りたくない。
 覚悟を決めてコートに近づいて練習風景を覗いてみると、テニス部員は全員ラケットを振っていた。
 肩にジャージを羽織った人が一人一人を厳しい目で見て回っている。先輩なんだろうけど、存在感がすで学生じゃない。
 そんなコート内を見回しても目的人物は見当たらない。

 チッ、肝心なときにいやしない、ふざけやがって。

 さてどうしようかと周りをぐるりと見渡すと、ちょうどランニングから帰ってきた切原と先輩らしき二人がテニスコートに近づいてきたところだった。

「ラッキー」

 いや本当は話したくもないからよくもないけど。けど、仕方がない。
 腹をくくって近づいていく。よく見たらテニス部のユニフォームを着ていた、というかランニングしてた時点でこれから部活動なのだろう。
 なら邪魔しないほうがいいな、とテニスコートに入る直前の切原に駆け寄る。

「切原」

 呼んだら振り向いて、なぜかすごく不快そうな顔で見られてしまった。
 呼び捨てにしたことがいけなかったのか?
 あ、そういえば話したことないや。
 きっとその程度の理由だろうと予測をつけるも、言ってしまったことは取り消せないから何にもなかったフリをして冊子を鞄から取り出した。

「これ担任から」

「あんたさ、こないだ俺んこと見てただろ」

 いきなりの切り口に思わず口が「わ」の字に固まった。
 ついでに切原の後ろにいた二人も固まった。

「こないだって…」

「つかこないだだけじゃなくってよく」

「はあ…」

 まあ見ているだろうね、切原騒がしくて目立つし、私、人をじっと見つめる癖あるし。
 などと考えてたらそれはそれは不服そうな表情で睨まれた。

「言いたいことがあんならはっきり言えよ」

「…これ担任からあんたに渡せって言われた」

「あ、どうも…じゃなくて。なんで見てくんだよ!」

「おい赤也、落ち着けよ」

 色黒でスキンヘッドの先輩が切原を抑えるように止めた。そうだそのまま黙らせろ、と念じるが切原は黙らない。
 どうしようかな、と考えていると赤い髪の先輩と目が合って、にやーと笑いかけられた。うわー嫌な予感。

「あーかや、お前馬鹿だなぁ」

「は?どういう意味っスか?」

「おんなじクラスの男子見つめるなんて、理由はひとつだろい?」

 なんということを。ありえないことをのたまった先輩を、私と切原はポカンと見てしまう。
 互いにちょっと気まずい雰囲気から先に復活したのは切原だった。

「…マジで?」

 完全に勘違いしているような真顔で言った。

「それはありえねぇよワカメ頭」

 ありえない勘違いに対し本性丸出しの口調と内容の切り返しになる。
 あ、やべと思ったがすでに時遅し。一拍置いて自分の髪型を馬鹿にされたことがわかった切原はこめかみをひくつかせながら睨んできた。

「んだとっこの…ニキビづら!」

 負けじと切原も言い返してくる。言い出しっぺは私だけれど、常日頃気にしていることを言われたらさすがにむかーっときた。喧嘩腰の切原に対し、仁王立ちよろしく向き合って睨みつける。

「先生に頼まれて英語のテスト十点の切原クンに問題集届けに来ただけの私ですが、今すごぉくしたいことがあるんだ、わかる?」

「は?知らね…つか俺のテスト!」

「あんたらどつきまわして川に沈めることだバカ」

「おいおい、俺ら先輩だぜ?」

 渡された冊子をすごい勢いでめくる切原を放置して、赤い髪の先輩が口を慎めとか、何言っちゃってんの的なノリで言ってくる。

「心の狭い私は的外れな予測立てる人を先輩として認めることはできません」

「なんだそりゃ!」

「お前の考えが的外れだったっつーことだ。つうかお前ら、そろそろやめねぇと…」

「お前たち何をしている!!」

 色黒スキンヘッドの先輩が二人を抑えながら何かを言いかけるが、すさまじく低くて周囲に響く声がそれを遮った。
 驚いて声のしたほうを振り向くと、テニスコートの中から大きな人が歩いて来る。立ち姿に威厳があるとかそういうレベルを越えて、とにかく何だか怖い。
 見れば切原と先輩二人の顔が引き攣っている。
 何だか可哀相な気もするが、これは好機である。小学校の時に習った回れ右よろしく足を動かして、後ろを向く。
 まだ三人とも気付いていない。

 ドンマイ切原、そして先輩たち…っ!

 心の中で三人に対し念じると素早くその場から、走り去る。

「あ、てめ待ちやがれっ」

「お前が待たんか赤也ぁ!!」

 バチーン!!という音がしたけれど、一切振り向かずに走り続けた。
 明日の学校が怖い。



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