観察、する | ナノ


 俺には彼女がいる。
 わりと男らしくてたまに可愛い、見た目は普通の女子で名前は浅井音子という。付き合い出して変わったところはとくになくて、前とまったく同じ。
 例えば昼飯時。俺は学食派だからいつもは食堂で食べるけど、今はたまに教室で食べるようにしてる。浅井の料理が絶品だからなんだけど、その度に一悶着が起きる。

「この卵焼きウマ!」

「食べるな私の食料を!」

「俺は成長期だから食わねーとやってらんねーの」

「私だって成長期真っ盛りだっつーの!」

 座っていても俺との身長差がかなりある彼女を見下ろしてはて?と首を傾げる。

「…背ェ伸びてんのお前?あいた!!」

 デコピンをかまされた。

「人が気にしてることを言うなんてありえない行為はやめてください黒もじゃ」

「誰が黒もじゃだ、おっ、野菜巻きいただき」

「やめろバカ!」

 びしりっ!と頭を叩かれそうになるが避ける。この凶暴なところにも最近は完全に対応できるようになってきた。
 いつも周りからは「仲が良い」と称される、つまり仲は良いけど、付き合ってるみたいに見えないらしい。

「まあ別に良いんじゃない?」

 わざわざ言うことでもないし、と続けてお好み焼きを焼く。付き合い出して唯一変わったことといえば、たまに浅井の家で飯を食って帰るようになったことだ。店じゃなくて二階の自宅で、浅井と俊也と三人で食べることが多い。

「切原、うまくボールに追いつけないんだけど」

「足しっかり鍛えるんだよ、反復横跳びとかで瞬発力磨け」

 俊也と一緒にいると自然とテニスの話になる。運動音痴の浅井とは違い、かなり運動神経が良いらしい俊也は結構イイセンいってると思う、前にラリーした時も俺のスマッシュが見えてて、しかも何回かしたら追い付き始めたし。

「二人ってあんま似てねーよな」

「切原のとこも姉と弟でしょ?似てるとこあるの?」

 ないかもしれない。浅井は俺の顔を見て小さく笑うと「でしょう?」と言った。


 季節が流れるのは早い、なんていつも考えないけれど今年は違う。早咲きの桜がちらちらと舞う三月。校庭には三年生がたくさんいて、もちろん先輩達も卒業証書を持って集まっていた。

「卒業と言っても、全員高等部に進学だからあまりしんみりしないな」

「そうですね」

 先輩達が当たり前のように話すのを、俺は横で苦しい思いを抑えて聞いていた。

「なんて顔してんだよ赤也」

「だってもう先輩達いなくなるじゃないスか!」

「大袈裟な奴だな」

 困ったような顔で笑う丸井先輩やジャッカル先輩に肩をどつかれる。前を見ると柳生先輩と仁王先輩が困ったような少し珍しい表情でいて、仁王先輩からはデコピンをくらってしまった。柳先輩と副部長はいつも通りだけれど、副部長には「背筋を伸ばさんか!」と喝を入れられた。

「切原、お前はもうエースじゃない、立海附属中テニス部の部長なんだ。部員はお前に着いて行く、それを忘れるな」

 いつもの笑顔を浮かべた幸村部長からの言葉は、かなりの重みがあって、俺は精一杯の声で「はい!」と答えるしかなかった。部長は一つ頷いて、少し離れた場所にいた浅井を手招きした。呼ばれた本人はゆっくりと近づいてきて「何ですか?」なんて言う。どこまで来ても言葉に愛想がない奴である。
 けれど幸村部長は気にせず笑いかける。

「切原のことお願いするよ」

「一応、任されました」

 何で俺、嫁入り前に婿に託される娘みたいになってんだろう。でも浅井は納得したように頷いている。

「この粗忽者を頼む」

「心得ました」

「面倒になったら捨てんしゃい」

「最終手段じゃないですかソレ」

「こいつが面倒起こしたら、相談には乗るぜ」

「頼もしい限りです」

「適度に甘やかさないことが大切ですよ」

「もちろん」

「ま、めんどかったらほっとけ」

「あ、それ得意です」

「ちょっとちょっと!なんすかそれー!!浅井も先輩達ひどすぎでしょ!?」

 あまりの言い草に俺が文句を言うと先輩達と浅井が同時に笑い始める。そうやって大部分俺がからかわれるだけだった時間は過ぎていき、先輩達は卒業生集合写真を取るために行ってしまう。
 今度から校舎は違うだけだけど、テニスコートに先輩達はいない。

「泣きたいなら泣いたら?我慢はよくないよ?」

「泣かねーよ」

 けど鼻が詰まった感じがして、すするとズビ、なんて音がした。まるで泣いてるみたいだ何て思ってると、浅井が髪が乱れないくらい優しく髪を撫でてきた。

「なんだよ」

「先輩達が築いた以上の最高のテニス部を目指さないとね、部長」

 だから泣いてる暇はないよ、と言う。
 泣いてないと言いたいのに、喉にねっとりと何かが絡まってるみたいで声が出ない。
 泣いているのだ。頬を涙が伝うのを、今更感じる。

「目指すんじゃねー、するんだ」

 幸村部長に言いたかったな、コレ。けれど横にいる浅井が全部を聞いてくれてる、全部を知ってくれている。
 先輩達がいなくなるのは寂しいし、頼る人がいないのは辛いけど、彼女がいてくれるならがんばれる気がした。
 浅井音子は俺の彼女だ。男らしくて、たまにかわいくて、いつも俺を見てくれてる。
 これからまた夏が来て、秋が来て、冬が来て、春が来た時、ずっと浅井がいてくれれば良いと思った。

あとがき


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