観察、する | ナノ


 ズダダダン!と物凄い音を立てて階段を降りる。足がもつれてこけそうになっても気にしない。階段を降りて、降りて、下足場に着く。

「…切原?」

 そこにはしゃがみ込む切原がいた。人気のまったくない静かな下足場で、靴箱にもたれ掛かって音子を見上げる。

「…遅ぇよ」

 力無い声に不安になる。まさかずっと待っていたのだろうか、部活は行かなくてもいいのだろうか。あまりにも逃げ回る私を、嫌いになってしまっただろうか。
 そう思うと恐怖で近づけない。

「浅井?」

「部活はいいの?」

 早口で尋ねる。切原は立ち上がって「ああそれな」と言った。

「じーちゃんが倒れて病院に運ばれたからつって逃げてきた」

 どこの会社員だあんたは。取って付けたような理由につい笑ってしまう。

「何それ無茶苦茶」

「俺だって思ったっつーの。つか俺部長だろ?ありえねーって言われまくったし」

「そりゃそうだ、真面目に出ろ立海のエース」

「…じゃあ真面目に出させろよ」

 誰のせいで出れないと思ってるんだよ、なんて言う。どこまでも不躾で失礼きわまりない男だけれど、それだけ考えていてくれているということなのだと、自惚れてもいいのだろうか。

「ごめん」

「わかりゃいい…つか、なんであんなに逃げたんだよ」

 本当にわからないという顔をして首を傾げる。

「それは、恥ずかしいから」

 数秒の間。
 そして「ぶふっ」と耐え切れなくなった感たっぷりの噴出音ののち、笑い声が人気のない下足場に響いた。

「ははは何だそれっ」

「お前…っ!」

「怒んなよっ…はは、あー…かわいーとこあんなーっふはっ」

「なっ…は!?」

 あまりの恥ずかしさに一気に頬が紅潮してしまう。それを見られまいと顔を背けるが、切原は食い下がるように顔を覗き込んでくる。

「うわ顔真っ赤、マジウケる」

「ウケない、何も面白くないわバカ、ワカメのくせにー」

「今は関係ねぇだろソレ」

「ないけどうっせーバカわかめ切原のバカ野郎」

「もう言いたい放題だな!」

「んじゃもう一つ言わせてもらうね」

「あーはいはい、何ですかぁ?」

 少しだけふて腐れたらしい、ムスッとした顔の上の黒いくせっ毛に手を伸ばし、髪型を崩さないよう表面だけを優しく撫でる。

「私は切原が好きだよ」

「へ?ぐえっ!?」

 早口でまくし立てるように言うと、手でぐっと頭を押さえ付ける。ぐいぐいと押さえ付けて頭を上げられないようにして、きわめつけに両手で頭をぐしゃぐしゃにしてやった。そしてパッと手を離して靴を履きかえる。

「じゃ、帰るね」

「…て、ちょっと待てよ!」

 言いたいことは言ったので早く帰ろうとしたら、ぼんやりとした顔の切原に肩を掴まれ無理矢理正面に対峙する形にさせられる。

 「嘘じゃないくて、マジだよな?」

「嘘じゃないよ」

「…俺のこと好きなんだよな?痛ててて!!」

 あまりに何度も確認するのでイライラして、切原の頬をつねってやる。

「しつこい!」

「悪ひって!信ひらんなふて…っ痛いっての!!」

 本気で涙目になったから離してやると「くそーマジ痛ェ…」と頬を手でさすりはじめた。さすがに悪いと思い、音子はボサボサになった切原の髪を軽く梳く。

「私も悪いけど、切原も悪い」

「だから信じらんなかったんだって」

「こないだだって、いきなり言うからビビったんですけど」

 拗ねるような口調になっているのは自分でもわかっている、きっととても不細工な顔になっていることだろう。しかし切原は何が面白いのかわからないがヘラリと笑った。

「いやー結構前からいつ言おうかなーって思っててさ」

 だから俺的にはいきなりじゃなかったし。なんて、軽く言ってやはり嬉しそうに笑う。

「そっか…」

 結構前っていつだろう、という野暮な質問はしない。
 そんなものより喜ぶ切原の顔を見ていると嬉しくなる自分がいる。それが今は何よりも大切だと思ことが嬉しいと感じる自分がいる。
 音子は嬉しそうに笑い返した。

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