観察、する | ナノ


 音子にとって自習とは趣味の時間だ。
 出された課題を早々に片付け手持ち無沙汰になった次の瞬間には周りのみんなを観察する。
 隣の男子はまだ必死に問題を解いている、彼は数学が苦手でいつも四苦八苦しながら教科書に縋り付いている。前の席の女子は一見根暗そうに見えて鞄の中は化粧品とファッション雑誌がいっぱい。逆に真ん中の一番前の最近風の女子は隠れアニメオタク、一度生徒手帳にたくさんのラミカを入れていたのを見かけたことがある。ちなみに窓際一番後ろの男子は、事情は知らないが毎朝早くから新聞配達をしているからかいつも寝てる。
 周りの人に目を向けつぶさに観察する。けれど気がついたら、いつもたった一人に目を向けてしまう。

「外行きてー」

「サッカーしたいよなー」

「はやく昼に慣れっつうの」

「たしかに」

 出された課題なんて何のその、数人の友達と話しながら文句をたれる姿に笑いがこぼれる。
一年前までうるさいだけのクラスメートの男子だったのに、今はまったく違うように見えるから不思議だ。
 ぼんやりと、彼を見る。
 するとバチリと視線が合う、切原が突然こちらを見てきたからのだ。いきなりのことに硬直してしまい目が逸らせなくなる。切原も同じらしくピタリと視線を合わせたまま固まっている。しかしすぐに目を逸らしたからあまり驚いていないのだろう。
 何なのだろう。そんな疑問が浮かんだが、あまりに気にせずに別の人の観察にうつった。


 体育の時間は男女混同ドッジボールで、運動が苦手な音子は早々にボールに当たり、外野で暇そうに突っ立ち内野の動向を見守る。
 運動部に所属する男女は中々白熱した戦いを見せる、とくに女子というものがドッジボールをすると無類の凶暴性を見せるのだから侮れない。彼女らの放つボールはある意味、凶器だ。

「くらえ!」

「ぎゃあ!!」

 湯川君が内野から出た。先程から男子ばかりがボールに当たるのは、女子が結託して男子を狙っているかららしい。見れば男子は女子に当てた時文句を言われるのが面倒らしく本気にはなっていないが、もしも彼らが結束して本気で投げてきたら相当痛いだろう。
 今度は内野に目を向ける。するとまたばちりと視線がまた合う。内野の隅でまだ一発もくらっていないのであろう切原は、じっと私を見ていた。

 どうかした?

 口の動きだけでそう伝えると同じく動きだけで「べつに」と返された。わけがわからない。何か言い返そうと口を開いた瞬間、切原は敵内野側からの豪速球を脇腹にくらいアウトとなってしまった。お気の毒様。


「最近見られてるんです」

「…ストーカーなら警察沙汰だな、間違いなく」

「いや、切原になんですけど」

「それは真田沙汰になるだろぃ」

「真田先輩沙汰!?」

 なんだその心臓が縮み上がりそうな結末は。本気で驚く音子にジャッカルは笑って「赤也限定でな」と付け足し、丸井はぷくりとガムを膨らませて「で、何なんだよ」と尋ねる。音子は「実は…」と今までの経緯を話した。
 数分後。話のすべてのまとめを「…って感じなんですけど」とまとめ二人を見ると、二人ともが似たような表情をしていた。そうまるで、関わっていられないというか、面倒臭いというか、とにかくそれらを複合させた表情である。

「…聞いてますか?」

「…浅井、もうそれは俺らが言えることは一つしかない…本人に聞け」

「んでもって言いたいこともある、俺らを巻き込むな」

「投げやりですねオイ」

 とても年長者とは思えない言葉の数々についツッコミをしてしまう。

「あのな、それは俺らが立ち入るようなことじゃねーから」

 ジャッカルの言葉に音子は「はあ」と要領を得ない言葉を返す。その様子に丸井が「つーか確認したいんだけど」と尋ねる。

「お前は赤也のことどう思ってるんだよ」

 何も言えなくなる。正しくは、言っても良いけれど恥ずかしいが正解だ。

「…嫌いだったら一緒にいませんよ」

 精一杯の表現を何とか搾り出すように言葉にすると、二人は今度こそやっていられないという風に首を振った。
 そして結局は「本人に聞け」と念を押すように何度も言うと、素早い動きで逃げられた。たまに思う、彼らは本当に先輩なのだろうかと。
 しかし言われたことはたしかに理に適っている。
 音子は放課後、部活に行く前に事態の根元たる切原を捕まえて人気のない階段へと連れていく。

「何か言いたいでもあるの?」

「…へ?」

 直球で尋ねるとぽかんとした顔で見下ろす。かなり驚いているのか、大きな目がさらに大きくなっている。そしてそんな顔が少し面白い。

「最近なんかよく見てくるなーって思って。で?どーなの?私の自意識過剰?」

「いや、否定はしねーから」

「あ、そう。で、なんで?」

 疑問を繰り返すと切原は「そりゃあ」とまで言って、止まってしまった。そのまま数秒固まって、今度は悩むような表情で音子を見る。

「なに?」

「逆に聞くけど、浅井はなんで俺を見てくんの?」

 切原はとても真剣な目で真っ直ぐに見つめて尋ねる。音子はその目を見るのが怖くて、少し逸らす。

「…いやあ、そりゃ…私の癖だから」

 曖昧な返事に、度胸のない奴、と自分で自分を罵る。けれどこの気持ちは出来るかぎり秘密にしたいと考えていた。きっと切原は、そこまで私を思っていないし、私の感じている好きとは違う感情を私に抱いている。だから言わない。傷つきたくないから、保身を取ることにしたのだ。

「俺を見るのが癖なわけ?」

「いや、人を見るのが癖なだけ。切原をよく見るのは…ほら、目立つし、ね」

 目を逸らせない理由は一つだと本当は言いたい。言ってはならないことを隠すほど言いたくなるのと一緒だ。もごもごと口を動かして答える音子を切原はふーんと見下ろして、「俺は理由あるけど?」と言った。
 それは何?と聞こうとするけれど、目を見たら言葉が引っ込んでしまった。それくらいに彼の目は不思議な感じがした、いや、見たことがない静かな目というべきか。そしてそんな目のままニカリと笑う。

「俺はいつも浅井を見たいから見てる、つーか気になるから見てる」

「へ、へえ…」

「つまりだ」

 なぜか偉そうな言い方と態度でハキハキと喋る。

「俺は浅井が好きってこと」

 きっぱりと断言するように、けれど軽く言葉を投げてきたから上手く受け取れずに「はい?」と返してしまう。完全に外野ゴロだ。

「だから浅井が好きなんだってば」

「そ、うなんだ」

「そうだよ、知らなかっただろ?」

 知るわけがない。呆然と立ち尽くす音子を見ながら切原は笑い、頭を優しく撫でる。彼らしくない行動にさらに混乱するが相手は知ったことはないといった調子で「あ、やべ部活!」と急に慌て出した。

「じゃあ俺行くわ!」

「あ…うん、じゃ頑張って」

「おー…とっ、忘れるとこだった」

 階段を降りて部活に向かうのであろうとと思いきや、振り返ってまた笑う。

「次は浅井の番だからな、聞かせろよ!」

 そう言って今度こそ去ってしまった。一人残された音子はぼんやりとその場に立ち尽くし、激しく動く心臓を必死に宥める。
 自分と切原の好きは違うなんて決め付けていた、けれど本当は同じ好きらしい。その場にうずくまり小さく唸る。
 嬉しい、恥ずかしい。明日からどうしよう。

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