観察、する | ナノ
襲ってくる奴らを次々と撃ち続け、つねにフルスロットルで引き金を動かし、シリンダーが空になったら即交換。しばらく繰り返すとピタリと、画面の動きが止まった。
「私の勝ち」
パッパラパーパッパー。間抜けな音で勝利を告げる画面には「WIN!」の文字。横に立つ切原の画面には「LOSE…」の一文字、彼の表情は驚きのあまり口も塞がらないといったところだろう、ポカンとしている。
「…嘘だろ!?」
「なめるな切原、だてにシューティングゲームを極めてないよ」
「あまりにも予想外すぎる事実!」
「さあ次はどれする?」
「あ!待てよ!!」
ガチャンと銃の形をした精密機械を置いてさっさと進む。ワンステージ10分もあるゲームなんてそう何回もやってられないのである。ぐるりと見回してめぼしいゲーム機を探す。UFOキャッチャーがあったが見なかったことにする。1回200円もするゲームは詐欺以外の何ものでもない。
「さて切原君、何をしましょうか」
「何だよ急に、気持ちワリィな…お、あれやろーぜ」
指差す先にはいわゆる格闘ゲームがあった。
「苦手なんだけど」
「知らねー。ほらやんぞ!」
「マジか」
ずるずると引っ張られて無理矢理座らされた。何やら自信ありげな切原に嫌な予感がしないこともないが、これは腹を括るしかあるまい。音子はコントロールを握った。
「どんだけ下手くそなんだよ」
「私は音ゲーとシューティングとテーブルゲーム専門なの」
「例えば?」
「ポップン、太鼓、塊魂、バイオハザード、マリオパーティー、ぷよぷよ、テトリス」
つらつらと過去にやったゲームを挙げていくと切原は面白そうに笑った。
「へえ、意外とゲーマーなんだな」
「俊也の影響、あいつアクションくらいしか出来ないくせに何でも買うから」
確かに、なんて呟いて切原はコーラを飲んだ。某有名ファーストフード店で某有名なバーガーを食べるなんて、まるで俗に言うデートのようだと考える。しかし冷静になってみれば、ゲーセンでの会話といい今の会話といい、どう考えても野郎同士の遊びであることに思い至った。
「切原はアクション?」
「なんでもやるけどなー、シューティング、アクション、格ゲーがメインってとこ」
「あーそれっぽい。間違ってもシミュレーションじゃないね」
「なんか馬鹿にしてね?」
「してないよ多分。あ、そーいや宿題やってますか、切原君」
あえて場違いなことを聞いて場をごまかすと、切原はあからさまな笑顔を浮かべて「次はどこに行っかなー」と言い出した。嘘が下手くそな奴である。
「ま、いいけどね」
今が楽しければそれでいい。今を楽しみたい。けれどその延長線上に「切原と」という言葉が付きそうになるのを意識的に拒否した。
それから10分ほど喋り、店から出ると夏独特の熱気を全身に感じる、時間はまだまだ太陽が元気な時間だ。
スポーツショップや雑貨屋、服屋をひやかす程度に見て、ぶらぶらと街を歩く。互いにやりたいことも行きたい所もないので完全に暇人状態だが、不思議と暇だとは感じなかった。しかし急に切原が「あ」と言い立ち止まった。
「どうかした?」
「なあテニスコート行かね?」
どこまでもテニスしかないのだろうかこいつは。少し呆れたが、それでこそ切原だ。音子は「いいよ」と言った。
ぱこーんぱこーんと軽い音が周辺に響く。少し歩いただけで着いたテニスコートには何人かいて、好きなように打ちあっていた。
「こういうトコがあるんだ。有料?」
「無料、誰でも気軽にテニスができるんだ」
「へぇ、おもしろい」
感心してへーへーとお上りさんのように呟く。よく見れば学生ではなさそうな人もいた。
「ここなら遠くねーし、俊也も来れるだろ」
その言葉に驚く。ぐるんと勢いを付けて切原を見上げると「なんだよっ」なんて大層怯えられた。失礼にもほどがあるが、しかし今はそんなことは問題ではない。
「わざわざ俊也のために?」
「違ぇよ、前から知ってた。俺もたまに打ちに来るし。あいついっつも学校なんだろ?たまにはこういうとこも良いんじゃねーかなって」
俺、優しくね?
調子に乗ってそう言うけれど少し照れているのがわかる。いつもは小さい子供のように単純で馬鹿なのに、たまにとても優しくなって気が利く。卑怯だ。
「優しいよ、切原は。ありがとう、俊也きっと喜ぶよ」
「良かった!あ、あと浅井にはこれ」
「へ?」
「いろいろと世話になってる礼みたいなの、言っとくけどめちゃくちゃ安物だから」
そう言って小さな紙袋が手渡された。何かの前触れかと勘繰るが、彼の表情を見るからには何もなさそうだ。袋を開けてみると中には黄色いシンプルな花をモチーフにした携帯ストラップが入っていた。
「前に携帯ストラップが欲しいっつってたからさ」
夏休み前に言ったことを覚えていたとは。意外にトリアタマではなかったらしい。頭ではそうけなすがかなり嬉しい、まさか自分の些細な一言を覚えているとは思っていなかったから。もう一度ストラップを見る。レモン色の花が太陽の光に反射するたびに身体の奥の何かがざわざわする。あまりにも暴れるから、どうにも落ち着かない。頬が紅潮しついるのが、自分でもよくわかる。
「ありがとう、嬉しい」
「あーよかった!」
「人からの贈りものは貰うのが主義なんだよねー」
ごまかすよためにわざと茶化すような言葉を選ぶ。切原は若干引いた。
「うわー…まあいいや、嬉しそうな浅井見れたし。あ、それ付けてくれよ」
「は?」
「早く早く!」
「ちょっと待ってよ…はい付けた。一体何なの?」
わがままを言うような急かし方をされて、焦りながら携帯に取り付ける。それを見せると切原は満足そうに頷いた。
「わは、予想的中」
「なにが?」
不気味なくらい嬉しそうな笑顔の彼を見ると、こっちも意味もなく笑えてきた。その理由はわからない。
「超似合うそれ、見てすぐ浅井っぽいって思ったんだよな」
何を言ったんだこの男は。言葉を頭が理解したとたん顔がボアッと音を立てたように赤くなる。音子の表情を見た切原も赤くなる。
ぱこーんぱこーん。と、気の抜けそうな音だけが二人の間を突き抜けた。
理解できないことばかりが起きている。恥ずかしい。照れる。でも切原を見ると同じよう顔で、まるで同じことを共有しているみたいで、また嬉しくなる。
それすらも理解不能。でも、悪くないかもしれない。手の中にある携帯がゆるゆると熱を持っていくように、熱を帯びていく感情が色を持つ。けれどそれはずっと前から変わっていたのに、気付いていなかったもので、たった今、音子は自分の中の色が完全に色づいていたことに気付いた。
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