観察、する | ナノ


 前にある絵本を読んだ。パステル調の可愛らしいひつじが特徴的な小さい子供向けの絵本。
 内容はいたって簡単で「いつも泣いている泣き虫なひつじの部屋は涙でいっぱい。でも気がつけば周りにはたくさんの友達がいた、君は一人じゃない!」というありきたりなものだった。
 読んだ時は人間は一人では生きていけない生き物だ、と感慨も何もなく判断を下した。そういう現実を教えるためのやけに道徳感のない絵本だと。しかし今はそうは思わない。
 最後の一球はなぜか二つに割れて、幸村先輩はそれを返したけれど相手は見事に二つを一つに見極め完全にそのボールを決めた。
 終わったんだ。柄にもなく感傷的になってしまう。下を見ると切原が泣いていた、でも負けたから泣いているんじゃない、そういう表情はしていない。
 今にも飛び出して行きそうな俊也の首根っこを掴んで引き戻すと、たくさんの拍手の中に、音子は自分の拍手を混ぜる。届くかなんては考えない。この会場の拍手すべてが二校に捧げられているものだから、自分もその一つでいい。
 泣き虫なひつじの周りにはたくさんの仲間がいた。つまりそういうことなのだろう。


 部屋でごろごろと転がりながらさてどうしようと唸る。今回はちゃんと行くことを伝えたから、切原は自分が行ったことは知っている。そして自分はがんばった切原を知っている。
 そんな彼に一言伝えたいのに、相応しい言葉が見当たらない。

『お疲れさま』

 ひとつ、打ってみて何て味気ないのだろう、と自嘲する。何かないだろうかと悩んだ末、もう一言「今度元祖お好み焼き一枚無料だ」なんて追加して送信した。
 しばらくして、店の手伝いから部屋に戻ると携帯がチカチカしていて開いてみると、切原からの返信があった。

『明日行く。肉はたくさん入れてくれたらめちゃくちゃ嬉しい!』

 なんて調子の良い奴だろうか。少し笑って「了解、期待しといて」なんて返事をした。
 次の日になって、本当に切原はやってきた。

「肉大盛でよろしくー!」

「その前にうちに上がって」

 自宅に上がる階段を指差すとキョトンとした顔で「なんで?」なんて言ってくる。

「店であんた一人タダにできるわけないでしょ、家のほうで作るの」

「あーなるほど」

 母さんに一言言って上がるが、なぜか先に上がっていた切原は「えっ」なんて不満げに声を上げた。

「何?なんか問題ある?」

「意外と洋風なんだなーって」

「ほほう、フローリングだといけないと?」

「いやそういうわけじゃねーけど」

「まあどっちでもいいけど。その辺に座っててよ、今から作るから」

 台所に入って冷蔵庫から材料を取り出す。家業としてお好み焼き屋を営んでいるからといって、家庭で作らないなんてそんなことはないのである。むしろ店に出す前の試作品などは毎日家で作られるくらいなのだ。
 音子はエプロンを着ける。準備は万端だ。
 30分ほどでお好み焼きは出来上がり、切原はがっつくようにそれを食べた。しばらく二人でたわいもない話をして、ゲームをする。

「へへ、俺の勝ちだな」

「少し前まで連敗してた奴の台詞じゃないね」

「うっせ。これで終了っと」

「雪辱戦させてよ!」

「ふはは嫌だね!!」

 ぎゃーぎゃーと騒ぎ、互いに一息つくと部屋に沈黙が落ちた。気まずくはなく、むしろ少し心地良い静かさに冷えたお茶を一杯すする。美味い。

「明日暇?」

 ぽつりと、同じく茶を飲む切原が言葉をこぼす。

「んー…まあ、暇」

 暇じゃなかったら店の手伝いなんかしない。

「遊び行かね?」

「どこに?」

「どこって…どっか」

「ゲーセン?」

「あー、それでいいかも」

「何それ」

「ダメかよ」

 むすっと唇を曲げる姿にああ子供だな、なんて自分を棚に上げて考える。そんな拗ねた顔をされたら、悪いことをしたみたいで断ることが出来なくなる、まあ断るつもりもないけれど。

「はぶてるな」

「何だそれ」

「拗ねるな、いじけるな、泣きべそかくなって意味」

「泣いてねーんだけど」

「最後のは嘘」

「おい」

「いいね、遊びに行くの。楽しみ」

 付け加えるように言うとすぐに嬉しそうな顔をする。単純な奴、とは言わないが、表情筋がとっても素直な奴である、と言ってやりたくてたまらなくなる。

「俺のほうが楽しみだっつーの」

「何でも競うなっつーの」

 はやく明日がくれば良いのに。

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