観察、する | ナノ


 たまにテニスをしながらいろんなことを考える。さっきの動きは違っていた、今日の学食は美味かった、ラケットの調子、地面の柔らかさ。

「切原ー」

 フェンスの向こう側から呼ぶ声が聞こえた。声だけでいつもの無愛想面が思い浮かぶ。振り向けばやっぱりそのとおりの顔で立つ浅井がいた。

「何?」

「イチゴとチョコ、どっちが好き?」

「…チョコ」

「はいあげる」

 そう言ってパックジュースのココアを取り出した。コートから出てとりあえずそれを受け取る。彼女のいきなりの発言にも慣れた。そのくらい仲は良い、のかもしれない。

「がんばるね、休みなのに」

 イチゴミルクを飲みながら器用に話す。俺もパックにストローを挿してココアを一口飲んだ。甘すぎるくらいに甘い。
 二人でベンチに座ってぼんやりとジュースを飲みながら雑談する、最近はそれがあたり前になってきた。

「俊也は?」

「学校。自主練でコート貸してもらうんだって」

 浅井の弟がテニスを始めた。学校の部活に入ったらしい。俺はクラブに入ることを進めたけど、まだラケットを振ってフォームを身体に叩き込んでる最中でボールはたまにしか打たないと聞いた。「フォームを知って、たまに狙った場所に上手く打てるのが気持ちいいんだって」と浅井は淡々と話していた。
 そんな話をしていると彼女は嬉しいのかたまに笑うけど、表情が変わるタイミングが掴めなくで未だに戸惑うことが多い。

「ふーん」

「まるでどこかの誰かさんのが感染してるみたいで不気味だよ。さしずめ切原菌」

「はあ?んだよそれ。謝れ」

「そのココアが慰謝料ってとこかな」

 俺は手の中にある茶色い紙パックを見た。小さい。浅井の手の中にある苺柄の紙パックを見る。ちょっと大きい、か?
 少し見比べて気付く、ああ手の大きさが違うんだ。そういうどうしようもないことで自分と彼女が根本から違うことに気付く。いや根本は人間だから同じかもしれないけれど。浅井音子という女子は発言だけならクラスの男子と同じか、それ以上に男らしいから、たまに大事なことを忘れてしまうのだ。

「何?」

「何が」

「こっち見てるからなんか言いたいことあるのかと思った」

 べつにねーし、見てただけ。と言おうとして苺柄の紙パックと彼女をちょっと遠くから見る。

「あんたマジで苺柄似合わねー」

 しみじみと呟いた。小柄な浅井だけれど、動きやすいシンプルな、いわゆる飾り気のない姿にはかわいらしい苺柄は似合わない。甘い感じもしないし。なんて考えていると、おもむろに苺ミルクを差し出され「持て」と指示されるたので黙って受け取る。

「お前のほうが似合わない」

 一言で切り捨てる。こういうところは男らしいというか、雄々しいというべきか。

「…いやむしろ嬉しいかも」

「なんだつまんない。じゃあ似合う」

「なんだよテキトー言いやがって」

 苺ミルクを返して、互いに無言になる。静かなのは苦手だけど、これは平気。
 休みだからコートには誰もいない。むしろ休みの日なのに学校に来てるのは俺と浅井くらいだと思う。前になんで休みなのに学校に来てるんだ、と聞いたら暇つぶしと言われた。

「…なんで学校に来てんの?」

「なんでだと思う?」

「わかるわけねーし」

「切原に会いに来てるんだよ」

 空気が凍った。

「ツッコむか何かしてくれない?」

「なんだ嘘かよ」

 また空気が凍った。

「ツッコまねーの?」

「ああ、うん…あ、なくなった」

 パックを振ってもストローが底に当たる音しかしない、これは帰る合図だ。だからいつものように浅井は鞄を肩に掛けた。俺もラケットを持つ。

「じゃ、がんばってね」

「あーはいはい」

 適当に返事をしてコートに入る。振り向いたらもういない。仁王先輩が浅井は猫のようだと言っていたけど、実は幽霊なんじゃないかと思う時がある。するりと自然にそこにいたと思ったら、いなくなってる。前に彼女は仁王先輩が苦手だと言ってたけど、俺からはただの似た者同士にしか見えない。
 ラケットを振って、たわいもないことを考える。でもすぐに集中して、全ての意識をボールとラケットに向けてしまうのだけど。


 帰りにコンビニでアイスを買った。さっぱりレモン味のシャーベット、と蓋には銘打ってある。シャリシャリと少し溶かしてから口に含むと、ひんやりした爽やかな味に、なんとなく浅井を思い出した。

「やっぱイチゴじゃねーや」

 苺柄の紙パックじゃなくて、レモン色の容器を持つ姿は簡単に想像できる。
 今度持たせてみよう。似合うだろうという自信はあるが、その姿が見てみたいから。

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