観察、する | ナノ


 気付いたら太陽が長く顔を出す季節になっていた。
 新緑はすでに鮮やかな色に変わっていて、たしかに世界に気力が満ち溢れている時期なのだと納得せざるを得ない。

「切原たちまだ?」

「そろそろじゃない?」

 会場にはたくさんの人達があふれかえっていて、その多さに目を回しそうになる。音子は弟の俊也とともにコートから少し離れた場所にいた。


「テニスって見たことないや!見てみたい!!」

 この一言がすべての発端だった。10歳になりたての少年は興味津々といった様子で姉を見つめ、姉はどうしようといった様子で同級生と先輩たちを見た。

「今度関東大会があっから来ればいくね?」

 店のメインであるお好み焼きではなく、デザートのかき氷をしゃりしゃりと崩しながら丸井は言った。音子は彼の言った大会の規模の大きさにグラリと傾きかける。先日まで県大会だの何だのと聞いた気がするが、いつの間にかレベルが上がっていた。

「決勝だからそれなりの試合が見れるかもな」

「ま、俺らはパワーリスト取らねーし。本気にもなるほどのこともねぇだろぃ」

 そういう二人と切原は腕に黒いリストバンドを付けている。

「なんだよ」

 じっと切原の腕の腕のリストバンドを見ていると、すごく不機嫌な声で威嚇された。
 懸命にお好み焼きを食べる様子は若干自棄を起こしているようにも見える。一体どうしたのかと思っていると「真田にしごかれたんだよ」とジャッカルは耳打ちをした。
 先日頬を真っ赤に腫らしていた時も「副部長にぶたれた」なんて言っていた気がする。
 ふーん、と呟き、焼くために使用したヘラやボールや皿を片付けにかかる。するとエプロンが引っ張られ、無理矢理その方向へ向くようにされる。視線を下げると捻くれ者の弟が珍しく目をキラキラと輝かせていた。

「なに?」

「テニスの大会に行きたい」

「で?」

「俺一人だと迷子になる」

「どうしろと?」

「連れてってください」

「知らん」

「お願い!一生に一度の!」

「それ今年何度目よ?」

「これで最後にするけぇ!」

「それも何度目じゃ思うとるん?!」

「おぉ…広島弁」

「もう隠さねぇんだな…」

「そこうるさい!」

 丸井とジャッカルの言葉に火を吹く勢いでツッコむ。家の商売と方言でいつの間にか出身地がバレていたが、それはもうどうでもいい。そんなものより目の前で「行く行く行くー!」などと駄々をこねる俊也に、音子は若干本気でいらついてきていた。

「私は店手伝わんといけんし、あんたもやることがあるじゃろ?」

「ちょっとくらいええじゃん!ケチ!!てか姉ちゃんも切原が試合しとるとこ見たくないん?!」」

「興味ない!!」

「即答かよ!?」

 それまで無言で食事をしていた切原までが会話に混じる。すでに言い合いは混沌と化してきた。

「お前ら少しは静かにしろよ」

「そーそー。つーか浅井、お前はキャラ崩壊しすぎだろぃ」

「す、すんません…」

「俊也は姉ちゃん困らせんな」

「はーい」

「すげー丸井先輩…」

 そうした丸井の制止もありその場は収まった。


 ほんの数日前の出来事を思い出して音子は目の前にいる俊也を睨んだ。

「…まさか母さんを使うなんて、ほんとあんたの意地汚さには驚くよ」

「え?ありがと」

 褒めてはない。しかしこういう捻くれところは確実に自分の弟たる所以とでも言うべきか。

「俊也行くよー」

 「はーい」なんて言って素直に着いてくる。可愛いなんて思わない。こいつは重度の方向音痴で、置いて行かれたら最後、自力でコートに辿り着けるか怪しいだけだ。
 音子は弟が迷子にならないよう気を使いながら試合のあるコートへ向かって歩いた。


 熱気がコートの周りを渦巻いて、そこにいるすべてを飲み込もうと唸っている。ように見えた。実際には周りからは歓声が響いたり、驚嘆声が広がっているだけでそんなものはありはしない。けれどそのくらいの何かがそこにいた。

「…怖いにーちゃんが二人いた」

「大丈夫、仁王先輩は一人しかいないから」

 あんな人が二人もいるなんて考えるだけでも恐ろしい。
 つい先程ダブルス2の試合が終わった。らしい。テニスの知識がカケラもない二人には試合の進み方も、選手が使う技もさっぱりわからない。ただ丸井の妙技、ジャッカルの体力、仁王の変装、柳生の球が普通でないのは周りがいちいちざわついてくれるので理解できた。
 しかし、とちらりと周りを見回しぼやく、対戦校のベンチ付近にいるのはまずいかもしれない。来た時には試合が始まっていたからとりあえずコートに近づいたら対戦校、青学側だったのがひとつ、あとは下手に立海側に行って切原たちの集中力を削ぎたくなかったのがひとつ。

「次は誰だろ、切原はまだかな?」

「さーねー。ていうかあいつに行くとか言ってないし」

「なんで?」

「なんでって」

 見ていると立海側からは柳が、青学側から黒い眼鏡の背の高い男子がコートに入る。どうやら切原の試合はまだのようだ。コート上で対面する二人を見ながら嘆息した。
 わざわざ見に行く、なんて言うとか恥ずかしい。
 それは試合開始の合図に掻き消され、俊也の耳には届かなかっただろうけれど。


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