観察、する | ナノ


 ぽてぽて、とは妙な効果音だろうが、そんな感じの歩き方の人物が目の前を横切っていく。速度は遅い。
 かと思っていると、なぜかその人のポケットからテニスボールがごろりと落ちた。ポケットの大きさと比べたら、確実にサイズオーバーであろうそれは、何の疑問もなく音子の足元まで転がってきた。

「…仁王先輩、落ちましたよ」

「エサじゃ」

「はあ」

「お前さんが釣れたぜよ」

 わけがわからん。無遠慮に見つめてみると、ニヤリとニヒルに笑われただけで何も言わない。口許のホクロはエロホクロと言うが、なるほどたしかに色気というものがあるかもしれない。音子は何となく手の中にあるテニスボールを軽く握った。


 切原はよくテニスの話をする。自分がいかに強いかに始まり、試合の話、ブランドの話。そして先輩の話。
 真田先輩はいつも怒鳴ってきてよく殴る、自分にも他人にも厳しい人。柳先輩は参謀と呼ばれてて、いろんなことをいっぱい知っている読書家。桑原先輩は気がよくてとっても良い人というが、あれは苦労性だろう。お菓子大好きな丸井先輩は意外と面倒見が良くて、柳生先輩は物凄く礼儀に口煩いらしい。今は病気で入院しているらしい幸村先輩は部長で、テニスがすごく上手い、神の子と呼ばれているとか。
 どの先輩のことも楽しそうに話すが、ある一人の話になるとたまに苦い顔をする。仁王先輩についてだ。詐欺師と呼ばれている先輩は自分の腹を読ませない探らせない、探らせても大概はわざとだとか。
 切原は仁王先輩が苦手なのだろう。話を聞くかぎりではあらゆる意味で率直な切原赤也とは真反対にいるような人物。
 音子はそんな認識を仁王に対して持っていた。


「先輩、私はどこに連行されてるんでしょう」

「いいとこじゃ」

 どこだそれは。まさか生徒指導室ではあるまい。仁王はぐいぐいと腕を引っ張ってあまり人通りのない部活練の近くを通る。運動部に所属していない音子にとっては正直、未知の領域に等しい場所だ。

「まあ着いてきんしゃい」

「着いて行くもなにも…」

 逃げられないんですけど。その言葉に「ほうじゃの」なんて返答。帰りたい、なんて言ってもほうじゃの、なんて返されそうだ。
 きっとわかんね、と言われるだろうけどあえて問わせてくれ。切原、仁王雅治という人はいったい何なのだ。そしてその疑問が解消されることなく、ある場所に到着する。

「ここは」

「どこじゃ」

「わかりにくいボケかまさないでくださいよ、あとテニスコートですね」

 眼前にはフェンスで区切られているものの、素人が見てもわかるほど立派な立海大附属中自慢のテニスコートがある。放課後だから当然、中には練習している部員の姿がいる。

「見たことないんじゃろ」

「何をですか?」

「立海大附属テニス部のテニス」

 どこでそんな情報を仕入れたのだろうか。しかも少し語弊がある。

「見たことはありますよ、ほんの5分くらい」

「それは見たうちには入らんのう」

 仁王はそう言うと、身軽な動きでコートに向かって行ったので音子もそれに倣い移動する。しかしフェンスに近づくにつれて、たくさんの女子がいるのが見え足がすくんだ。さすがにこれ以上は、と逃げ腰になっていると、先に行っている仁王が手で来いと指示を出しているのが見えた。
 行きたくないです先輩、なんてこの距離で聞こえるわけがないだろう。なるべく人目につかないよう普通な態度で仁王に近づいていく。人目につきたくないなら普通を装うことがもっとも目立たないコツなのである。

「おまん猫みたいじゃ」

「や、先輩には負けますけど」

「ほうかもしれん」

 妙な感心と自慢をした仁王は普通にフェンスの中に入って行ってしまう。いくらなんでも部員ではない音子は中には入れないので、仕方なく出入口から少しズレた場所からコート内を見渡して、気付いた。
 素振りする小柄な一年、それを指導する真田先輩。柳先輩と柳生先輩はベンチで何かを話している。そして一つのコートの中には桑原先輩と切原が向かい合うよう立っていた。

「…絶好の観戦スポット?」

 テニスコート全体が無駄なく見渡せる位置。自分はそこに連れて来られたようだ。

観察、する

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