観察、する | ナノ
新学期になり、まずはクラスを確認した。自分の名前を見つけると、今度は新たなクラスメートとなる名前を確認していく。青木、宇野、柿田。苗字だけだと誰だかわからないが、名前を読むとああ、誰々だと思う人物が一杯いた。
人間観察好きな自分は学年のほぼ全員を把握しているという自負がある。他の学年はまったくわからないのは、欠点かもしれないが。
「あ」
き、まで来て例の名前を見つけてしまう。切原赤也。どうやら今年も同じクラスらしい。他のメンバーを確認してさっさと教室に移動した。
教室に向かいながら、ガラスに映る自分を見る。一年前は大きくて不恰好だった制服も見慣れたからか着慣れたからか、違和感はほとんどない。最初は関西から出てきたばかりでこんな洒落た制服似合うはずもないと思っていたのに。
年月とは長くも短いものだとは誰の言葉だったか。
教室の扉を開いて真新しい空気を感じる。まるで皆見たことない人みたいで、一瞬教室を間違えたのではないかと思った。
「委員長!」
顔を上げるとさっそく同じクラスになった男子と話していた切原がいた。その何も変わっていない雰囲気に、安堵の息を吐く。しかし奴は開口1番究極の間違いを犯した。
「もう違うっつの」
「あっと…そうだっけ」
「そうです。勘弁してよ」
やれやれと黒板に書いてある席順の場所に座る。このまま委員長があだ名になったら嫌だな、と本気で思った。そしてそれは予想通りになる。始業式が終わって教室に向かう途中、横目にもじゃもじゃの黒髪が見えたので目を向けると、こっちを見る切原と目が合った。
「委員長」
「違う」
「…名前なんだっけ」
「苗字すら!?」
お前どんだけトリアタマなんだ。思わず表情に出すも、へらりと笑われてごまかされる。一年から同じクラスだと言うのに、この扱いはない。というかこの笑顔は、名前はわかるけど言い直すの面倒臭いの笑顔だ。
「もじゃわかめ」
「へ?」
「私はもじゃわかめって呼ぶ、それでいいなら委員長でいいよ」
「…浅井」
「物分かりがはやくてよろしい」
頭を撫でてやろうと手を伸ばすが素早く避けられる。くせっ毛を少しマシに見せるためにワックスを付けている髪をいじられるのは嫌だなのだろう。
「残念」
ぐしゃぐしゃにしてやりたかったのに。
「マジあぶねー!委員長危険すぎるし!」
「もじゃわかめのうっかりより安全圏だよ。ていうかワックスのせいでツヤが出てるからめちゃ海藻みたい」
「ちょっと言い間違えただけでそれはなくね…」
「…うん、私も思った。ごめん切原」
本気で落ち込みはじめたので素直に謝って肩に手を置こうとして、置きにくいことに気付く。後ろからがっしりと肩を掴むと「ぐえっ」という声が聞こえて、少し後ろに傾く。それは考えていた位置よりえらく高い場所に肩があったから。
「何すんだよ!?」
「…切原、身長伸びたでしょ?」
「ち…近ぇんだけど」
「…あ、ごめんごめん」
なぜそこで赤くなる。面白いのでそのままでいようかとも思ったけれど、あまりにも切原が恥ずかしそうなので一旦離れて話を元に戻す。
「何センチくらい伸びた?」
「あー…10センチ?多分だけど」
「春休み中にだよね?」
「いや今年に入ってから徐々に」
思い返してそうだっけ、と春休み前を思い出す。しかしまったく思い出せない。
「気付かなかった。なんでだろ」
「そりゃあ、あれじゃね?」
「あれって、どれ?」
「いつも一緒にいるから気付かなかったとかさ」
顔がかあっと熱くなる。けれど言った本人は「どうしたんだよ」なんて呑気なもんで、どうやら自分が言った言葉の意味をあまり理解していないらしい。いや、間違いではないのだから照れる必要性はないかもしれないけれど。
「委員ち…浅井?おい」
「…なんでもないよもじゃわ…切原」
「わざとだろそれ!」
「うっせバーカ、テニスばか!あーもうぶち除菌しちゃりたいわ!!」
つい方言が出るがそれどころではない。廊下にはほとんど人がいないから、余計さっきの言葉を意識してしまう。
「教室帰るよ!」
茫然自失とする切原を促してさっさと階段を駆け上がる。数秒遅れて、追い掛けてくる足音が響いて聞こえる。切原の言葉の一字一句をかみ砕いて脳で理解するたびに頭がぐらぐらした。この前のような風邪によるものではないぐらぐら。
理由なんて考えたくないし、こんな顔の自分を見られたくなくて、足は全力疾走の構えを取る。
でも結局追い付かれて「委員長」と呼ばれてしまう、なんて簡単に想像がつく。そんな自分も恥ずかしい。絶対に言わないけど。
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