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 ジュウジュウとお好み焼きの焼ける匂いが店内を漂う中、音子はわいわいと騒ぐ知己である客の声を聞きながらぐったりと使用されていない机にもたれ掛かった。

「…大丈夫か?」

「どっと疲れました…」

 心配そうな声をかけてくるジャッカルに音子は力無く返事を返す。しかしそんな彼の手にはしっかりとヘラが握られているため、はっきり言ってその姿からはまったく労りの意思は感じられない。

「ここは浅井さんのご自宅ですよね?」

 同じくヘラでチーズ入りお好み焼きをつっつく柳生が聞いてくる。その姿にガチで殺意が湧きそうです、と思わず言いそうになるが堪える。我慢が肝心だ。

「そうですよ」

「ご両親はどうされたのですか?」

「じつは自宅じゃのうてアルバイト先かもしれんぜよ」

 小さめのお好み焼きをいじりながら、仁王は茶化すように呟いた。どうやら冷まそうとしているらしい。しかし冷めたお好み焼きほどまずいものはないと思う。

「中学生がアルバイトなど」

「違います。父親は単身赴任で、母親は今買い物に行ってるんです」

 目を吊り上げた真田の言葉を遮り、即否定。あの声で怒鳴られ、また情けない声を出すような事態だけは絶対に避けたい。深くため息をついてひとつに結んだ髪も気にせずに頭をガリガリと掻く。
 そこで今更になって、なぜこの状態にした弟がこの場にいないのか気付く。記憶が正しければ住居空間でる2階に上がったままだ。せめて片付けか接待くらいは手伝ってもらおうと階段を数段上がり、2階へと大声を張り上げる。

「俊也ー降りてこい!」

「今忙しいんよ!」

 限りなく爽やかな即答に目眩を感じる。やはりどうあがいてもせっかくの休日は潰れてしまうらしい。

「なあ、ずっと思ってたことあんだけど、いい?」

「なに?」

 ボサボサになった髪を結び直して使った器具をキッチンに運ぶ。

「委員長って関西出身なわけ?」

 ピシリ、と音がした気がした。でも周りはいつも通りだし、美味しそうに食べる丸井も、熱いお好み焼きを冷まして食べる仁王もまったく気にした様子はない。
 つまり固まったのは私だけなのである。

「…なんで?」

「いや前もさ、学校でどっかの方言出てたし、柳先輩に聞いたら、関西のほうじゃないかって、言ってたから…あちっ」

 ヘラをくわえたまま喋ったせいで切原は熱い思いをしたらしい。

「ヘラをくわえるな、火傷するぞ」

 柳が母親のような台詞を言いつつ切原に水を渡した。

「…そのまま舌が焼けてしまえばいいのに」

 今度は本当に空気に亀裂が入ったが、音子はそれを完全に黙殺する。これならば確実に話は流れるだろう。


「あー美味かった」

「そうだな」

「そうかの?」

「仁王君の場合食べ方に問題があるのでは?」

「それはあるな」

「赤也、何をしている」

 まったくである。レジを打ちながら音子は中々財布から520円を出さない切原を見た。

「切原、先輩たち待ってるよ」

「わかってるっつの!…くそ、10円玉が見つかんねー」

 意外と細かいことを気にする男である。しかし見つからなかったのか最終的に600円で会計をすませた。

「はい、レシートとおつり」

「…なんか10円がいっぱいあんだけど」

「これで10円玉が見つかりやすいでしょ」

「嫌味かよ!」

 文句を言いつつも80円はしっかりと財布の中に入れるあたりは切原である。いや、こちらの性格を熟知しているのか。

「ごちそーさん」

 少し不満げな声を出す切原の顔をじっと見る。あごの辺りに、ソースがついているのが視界をちらつく。まるで小さな子供のような姿に、思わず笑いがこぼれてしまう。

「またのお越しを…また先輩たちと食べに来なよ」

 そう言って飴を7つ渡す。切原は何か言おうとむっとするが俯いて、ぼそぼそと「…美味かった」と呟く。だから「また腕によりをかけて作るよ」と返した。
 見えないと思ったのだろうけど、残念だったね。
 真っ赤な顔、まる見えだよ。

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