足を一歩踏み出したとき、もしそこに地面が無かったら。と、思う恐怖。
なまえを思うことはそれと同じこと。なまえがいなかったら、と思う恐怖。
そこにいるという存在を確かめるように、なまえを掻き抱いた。



彼は最近、よく私を抱き締めるようになった。変な意味ではなく、ただ抱擁をする。その背中を優しく撫でると彼の抱く力が強くなる。
その意味が私にはわからないけど、ただただ嬉しくて気持ちが高揚するのだ。



ふとしたとき、彼女は窓の外を見ている。何をするわけでもなく、ただ外を見ている。彼女の全てを共有したいと思うから外を見てみても、そこにあるのは草花と空。彼女に目を戻すと直前までしていたことをしていて、さっきのは錯覚だと思わせるような雰囲気をかもしださせる。
でも、また彼女を見ると、やはり外を見つめている。



彼はよくゲームをしている。黙々とこなすその姿を見て、よくゲームに嫉妬する。私を見て。そんなこと言えないから。
−楽しい?…なにが。それ。…普通。ふーん。じゃあ、何でやってるの?…好きだから。
私のことは?そう聞く勇気は無いけれど。だから決まって外を見る。あの空にこの思いを飛ばすために。



その現場を見たとき、全身を針で刺されたような気がした。いたくて、いたくて、堪らなかった。
『じゃあまた』
『おう。次までに見とくから』
『うん。よろしく』
相手に笑いかけるその姿が、まるで聖母の様に綺麗で。相手も満更ではなさそうに彼女の頭を撫でて。
すぐ回れ右をして来た道を引き返した。
恐怖。
一人は馴れていた。筈だったのに。いつの間にか彼女といることに"幸福感"を覚えて。それが奪われる。奪われてしまう恐怖。
不安を拭うよう足早に家へ向かった。



彼女がいない。どこにも。
街を駆けて。駆けて、駆けても。見当たらない。小さな電子機器も使えない。
走って、学校に着いて。
そして。
気づいた。
彼女のことを、誰もしらないことに。
違う。
彼女なんて、
なまえなんて、


どこにもいないことに。




「研磨!」
うなされている彼を揺さぶり起こす。
ぱっと目を開けた彼は私の姿を見つけると私の腕を引いた。そのまま身体は重力に従って彼の上へ落ちる。慌てて起きようとするも、ぎゅっとしがみつくように回された腕がそれを許さない。
小さな子供のようにただ抱くだけの腕。すがるようなその行為になぜだか胸が締め付けられた。



「…なまえ」
「なあに?」
「どこにも、行かないで」
「大丈夫、どこにも行かないよ」
「…絶対?」
「絶対。私はずっと研磨の側にいる」
その言葉に深く安堵して。
なまえを抱き締めたまま目を閉じた。
「私も一緒に寝るの?」
「…嫌?」
「嫌じゃないけど、制服がしわくちゃになっちゃう」
「…脱ぐ?」
「……このままでいいや」
「そう」


神様、願わくば。
地獄に落ちた自分に糸を。
それが彼女の意図でも結構。



暗い研磨くんをリクエストしてくださった方。
遅くなってすみません。これをリクエストしてくださった方は宜しければ拍手でコメントをください。
暗い研磨くんということでしたが、おきに召して頂けたでしょうか。(これは暗いと言えるのか)
こんな管理人ではありますが、これからも飛来をよろしくお願いします!

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