赤ずきんとハーメルンの笛吹き !成人済み設定注意
早く帰りたいな、なんて思いながら斜め前の先輩を盗み見る。やっぱり帰りたくない。矛盾する心が気持ち悪くてお酒を一口。ああ、不味い。
同僚から飲み会に誘われあれよあれよというまに今に至る。本当は行きたくなかったが、憧れの松川さんもいらっしゃるとあれば行かないわけがない。 しかしお酒には弱いので今更ながら少し後悔していたり。 「なまえちゃんはさ、この中で誰がタイプ?」 「へ!?」 唐突に話を振られ動揺する。皆じっとこちらを見ていてちょっとしたホラーだ。 松川さんです、なんて言えない。ここはどう切り抜けるべきか。 「オレ?オレだろ?なあなあ!」 「いやいや、俺だろ?」 「ここはねえ、やっぱり」 「えっと…」 オレオレ詐欺か! 心の中のツッコミもむなしく、近くの人に迫られる。 いや、好きなタイプ松川さんですから!あんたなんか眼中に無いですから! 「おい、嫌がってるだろ」 そう言ったのは、憧れの松川さんではなく知らない先輩だった。ああ、お願いします、この流 れを切ってください。 「で?誰がタイプ?」 お前もかい! いよいよ本格的にまずくなってきた。松川さんだとは言えないし、しかしタイプの人もいないし、嘘をつくという手段もあるが、そんなことしてややこしくなるのは避けたいし…何より、嫌われたくないし。 「えっと…」 ああ、どうしよう。助けを求めて友人の方を見るが逸らされた。覚えてろ。 あーもう!どうにでもなれ!
「…松川さん、です…」
うつむいてぼそっと言った。羞恥で顔から火が出そうだ。一瞬静まり返った店内がまた活気を取り戻す。 「へえー、松つんがねぇ」 「ひゅーひゅー!」 からかいやら冷やかしやらはお断りである。 話題の中心である松川さんは一言も言葉を発しない。嫌われただろうか。ああ、こんなことになるなら来るんじゃなかった。自己嫌悪。明日からどんな顔をして会えばいいのか。 「…よせよ、困ってるだろ」 麗しの松川さんの声を聞いても気持ちは沈むだけである。気を使って貰って、なんて馬鹿な女なんだ! 「よーし!俺が振られたとこだし、飲むぞ!!」 「「「いえー!」」」 何なんだ、このノリ。私の自滅はどうしてくれる。こうなったら飲んでやる。とことん飲んで忘れてしまおう。 友人は肩を叩いてゴメンと言った。後で覚えてなよ、と恨めしく私は言った。 と、ふいに肩を叩かれた。
「ま、松川さん…」 「みょうじさん、ちょっとだけいい?」 憧れの松川さんに名前を呼ばれたら嬉しいな、と前は思っていた。けれど今は頭の中がパニック真っ最中である。 絶対、絶対気を使われている。これはたぶん、お断り的な雰囲気だ。ああ、さらば私の恋。 「さっきは悪いな、田中が」 「あ、いえ…全然」 田中さんというのですか…。後で覚えておいてほしいですね。 「えっと、単刀直入で悪いけど…」 「あ、気にしないでください。ただの冗談なので」 何を言っているんだ私。 傷付きたくないからって、そんな。 言ってしまったことは取り消せない。頭をフル回転させてどうにかやりすごす方法を考える。 「えっと、だから…すいません。忘れてください」
私の事も。
「要するに、じゃあ、嘘ってこと?」 「……はい。すいませんでした」 困ったように目尻をさげて、松川さんは笑った。なんだ。呟いて髪を掻き上げた。 その意味がよくわからなくて、でも胸がぎゅっと締め付けられた。ああ、苦しいな。 「…そう、なんだ。ごめん、勘違いしちゃった」 「………へ?」 一瞬時が止まった。 そんな錯覚。 驚いて、思考も停止した。
え?
「…あの、え、っと…え?」 「ごめん、何でもないよ。悪かった」 それだけ言って、松川さんは元の席へ戻ろうとした。
これは、これは。 一世一代のチャンスである。 これでもし、振られたらそれはそれでショックであるが、その辺はもうどうでもいいとしよう。
もう、伝えるしかない。
私は松川さんの腕をつかんだ。
「あの!!えっと…」
さっきから、えっとが多い気がする。失望でもされただろうか。うざいと思われただろうか。 息を大きく吸って相手の目を見た。
「さっきの話、冗談です。すいません。私、松川さんの事、す」 「二次会行く人ー?」
なんてタイミングの悪い。また田中さんですか。 気恥ずかしくなって思わず目を逸らした。また後で、という訳にもいきませんかね。 「…すいません。またあとで、」 「田中、俺とみょうじさんパス。先帰るから」 「あいよーー。末永く爆発しろーー」 「サンキュ」 松川さんは私の腕を引いて店を出た。 え??? 頭の中が真っ白になった。 どういうことだろう。
色とりどりに輝く街を見る暇もなく、ただ歩く、歩く。 沈黙が何だかむず痒くて松川さんの背中に叫んだ。
「あ、あの!松川さん!」 「ん?」 「えっと、その…」 不意に足が止まった。流石に背中に顔をぶつけるということは無かったが、危うく転びそうになった。 「ごめん、急に連れ出して。ちょっと二人きりになりたくて」 「は、はい」 「みょうじさん」 「はい!」 「好きです」 「…へ?」 「好きです」 夢かと思って頬をつねった。痛い。夢じゃない。そう理解したとき、心臓が走りだした。頬が熱い。ああ、酔いが回ってきたようだ。
思い焦がれた彼が私を!
松川さんはそんな私の手を掴んで、また歩き出した。 「駅まで送る」 そう言われて、はっとした。これで松川さんとはお別れだ。そしていつもの日常が戻るんだ。嫌だ。嫌だ。 「…松川さん」 「なに?」 「私も、好きです」 「うん、知ってる。さっき聞きそびれたけど」 「あの、図々しいかもしれませんが、私と、付き合っていただけませんか?」 「…こんな俺でよければ、喜んで。こういうのって普通男が言うんだっけ」 何だかおかしくなって笑った。楽しい。くだらない。嬉しい。切ない。いろんな感情が溢れて落ちた。 ふと松川さんが言った。 「正式に恋人同士になったってことだよね」 「はい」 「じゃあさ、うちくる?」
笛の音に誘われて、私は男の後ろを歩く。歩く先には何があるのか、足取りは軽くただ歩く。笛か男に魅せられた私は、呼び止める声を聞き流し、 彼の後ろを踊り歩く。
彩様 リクエストありがとうございました!! 初の松川短編ですが、ご期待に沿えましたでしょうか?拙い文章ですいません。 これからも飛来をよろしくお願いします!
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