ガラスの靴を履かせないで 「なまえちゃーん!おっはよー!」 「おはようございます、及川先輩」 「もー!いつも言ってるでしょ!及川先輩じゃなくて、徹く、」 「おはようございます、岩泉先輩」 「ああ、はよ。また振られたなクソ川」 「ええ!?岩ちゃんの方がタイプなの!?こんなゴツいのに!?」 「なんだとクソ川!!」 それでは失礼します、と彼女はするりと俺たちを抜かす。最近では俺の扱いに慣れてきたようで、スルースキルが上がっているようだ。 「ちぇっ。岩ちゃんのせいでまたなまえちゃんと話せなかったじゃん」 「それはお前のせいだろ」 早く行くぞと急かす岩ちゃんに、これだからモテない男はとかなんとか言うと真顔で殴られた。 解せぬ。
「あ、なまえちゃ」 「すいません。今、急いでいるので」
「なまえちゃ、」 「すいません、仕事があるので」
「なまえちゃ、」 「すいません、失礼します」
何なんだ今日は。 いつもは少しばかり話してくれるのに、今日は適当な理由をつけて会話が成り立たないようにしている。新たないじり方?いや、それはないだろう。 俺は直感でそう思った。 あの子は優しい子だからそういうことはしないと思…いたい。 昼休みも、他の休み時間もまともに話せなかったまま今日を終わるのは嫌だ、と放課後はなまえちゃんの教室で待ち伏せすることにしようとした。のだが。 「モテる男って辛いなー」 実は知らない女の子から呼び出しをされていた。茶色いふわっとした髪に、ぱっちりとした目。極めつけはモデルさながらの大きな胸である。どうやら一つ下の学年、つまりなまえちゃんと同学年の女の子で、度々見学にも来ていたらしい。まあなまえちゃん一筋だから覚えていないけれど。 そんなわけで思わぬ足止めを食らってしまった俺は、一刻も早くなまえちゃんに会うため呼び出された体育館裏へ向かった。なんともベタな場所だ。 「と、徹センパイ!」 「あ、こんにちはー!で?話ってなに?」 もじもじと動く彼女。早くしてくれないかな、とイライラする。 「あのっ、私、徹センパイのこと、好きで、」 「うん、わかった、ごめんね。俺、部活に専念したいんだ、じゃあさよなら」 「え?…あ、待ってください!」 「ごめん、急いでるんだ」 「そうやって!なまえのことをからかいに行くんですか!!」 「…え?」 この子の口からなまえという言葉が出てきたのに驚いたのと、からかうという単語に眉を潜めた。 誰が誰をからかうと? 「なまえがかわいそうです!いつも構われて…徹センパイにそういう気がないなら、もうやめてあげてく、」 「なにそれ」 「…え?」 「いつ、俺がからかってるって言った?」
出した声は思いの外低く、自分でも驚いた。それは彼女も同じなようでびくっと体を震わせた。 「…じゃあ、じゃあ、あの子の事が好きなんですか!?どうして!どうして」 「どうしてって…他の、君みたいな人とは違うからかな」 「違うって…何が、」 「もういい?俺は君とは付き合えない」 疑問ばかり押し付けられても正直困る。粗方、なまえちゃんが俺と話してくれなくなったのも彼女のせいだろう。じゃあねと片手をひらひらさせて教室まで走り出す。この際だからなまえちゃんに伝えておきたい。今まで言えなかった分とか、色々。それは後で考えるとしよう。
誰もいない廊下の先。彼女を見つけた。 「なまえちゃん!!」 「お、いかわさん…」 「ごめん、今いい?」 「す、すいません、私用事が…」 「そう、じゃあ簡潔に済ませるよ」 彼女の前に立つ。意外と背が低かった。そういえばこんなに近い距離にいたことなんてないや。 どうでもいいことがするすると頭に。緊張している。俺から言うことなんて無かったな。はじめてのこくはく、なんて。
「なまえちゃん、俺、君のこと」 「言わないで!!」
彼女は耳を塞いでうずくまった。 そのまま静かになると、今度はすすり泣く声が聞こえた。 「…お願いだから、言わないでください。じゃないと私、あの子、裏切っちゃう、」 「裏切っちゃダメなの?っていうか、ただ俺が好きだっていうだけだから。嫌なら振っていいんだから、」 「嫌じゃ、ないんです。でも!駄目なんです…」 難しい話になってしまったな。こんなときマッキーならどうするんだろ。岩ちゃんならストレートにいくんだろうな。
「…よし分かった!」 「何がですか…?」 「隠れて付き合おう」 「…へ?」 「要するにあの子にばれなきゃいいんでしょ?俺はなまえちゃんに振られた設定。なまえちゃんは振った設定で。これからよろしく!じゃあまた明日ー、」 「え?あ、ちょっと待って!」 「なに?」 「いやあの、そんな急に言われても。だってまだ、あの、」 「さっき遮られちゃったからね。改めて言うよ。なまえちゃん、俺はあなたのことが好きです、付き合ってください」 頭を下げて手を差し出す。これで握手してくれなかったら及川さん、諦める。
「…ごめん、なさい」 「あちゃー、やっぱりか。分かった、諦めるよ。なまえちゃんには金輪際近付きません、約束します」 「そうじゃなくて、今は、ごめんなさい、します。だって、及川さん今年受験ですよね?そんなときに彼女いても邪魔だと思うし…だから卒業して、まだ好きだったらこくはくし、」 「…本当に?」 「……はい」
恥ずかしそうに、はにかみながら笑った彼女を思わず抱き締めた。
残り、XX日。
ガラスの靴を落としたシンデレラは、一度だけしか王子様の前に立ったときがないのに、王子様は彼女を光の速さで見つけました。しかし彼女はここに残ると言い張ります。私にお姫様は似合わないと。そんな話の一場面。
真鉄様 リクエストありがとうございました! 振り向いてほしい及川と気づかないふりする女の子、でしたが、ご期待に添えたでしょうか。及川さんは個人的に好きなキャラなので書きやすい人です。 これからも飛来をよろしくお願いします!
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