星の王子様でもわかり得なかったもの
どしんと尻餅をついた。どうしてかというと、誰かにぶつかったから。その拍子で持っていたノートたちが廊下に散らばる。幸い人気の無い場所だったので踏まれずに済んだ。
「わるい!みょうじ」
「岩泉か、びっくりした」
「あれ?岩ちゃん、新手のナンパ?」
岩泉は声のした私の後ろを睨むと、落ちたノートたちを拾った。
「ありがとう」
「いや、悪いのは俺だし」
「そうだよ。前を見てない岩ちゃんが悪い」
「私もちゃんと見てなかったから」
及川の言葉を無視してごめんなさいと謝った。不服そうな声は聞こえないふり。
「そういえばこのノートはどこに持っていくの?」
「職員室。定番の」
「定番なの?なまえちゃんって面白いね」
「そんなに持っていくなら手伝うか?」
「えっ、いいよ。これくらい余裕だから」
正直に言うと、手伝って貰ったら私がもたない。精神的な意味で。
そんな私の心中など知らない及川は、いいじゃんお詫びってことで、と岩泉を促した。余計なことをしないでもらいたい。
「ん」
「え、いいって!部活あるんじゃ、」
「今日は休み。体育館が使えません!」
「つーことだ、ほら行くぞ」
「岩泉!ちょっと待ってって!」
「気をつけてねー」
ニヤニヤと手を振る及川は多分確信犯。これで何かが変わるとは思えないが、とりあえず岩泉の好意に甘えることにする。

「失礼しましたー」
投げやりにドアを閉めた。ドアの横に岩泉がいて、壁に寄りかかっているその姿が様になっていてドキドキした。それがばれないよう、深呼吸してから終わったよと声をかけた。
「意外とはえーな」
「宮前せんせーだから」
「ああ」
「課題は大変だけど、優しいから好き。あと、私と同じ犬のキーホルダーつけてる所とか」
「変わってんなみょうじって」
他愛もない会話をしながら廊下を歩く。もうすぐ教室に着いてしまって、そしたら岩泉との会話も終わってしまって、それでまた同じような毎日が続くんだろう。
なんて思いながら教室へ。結局私は弱虫だ。いや、この関係でも満足しているから高望みはしないだけだ。そう言い訳をして鞄を手に取った。
「じゃあ、バイバイいわ、」
「みょうじ」
「…なに?」
急に遮られて驚いた。岩泉に名前を呼ばれるだけで頬が熱くなったのがわかる。今が夕方でよかった。この熱は夕陽のせいだと言い訳できるから。
「送ってく」
「え!?いいよ、遅くなっちゃうでしょ」
「いや、別に。部活んときの方が遅いし」
「いや、でもさ…誰かに見られちゃうかもしれないし」
言ってから後悔した。自意識過剰じゃないか、今の言葉。今更訂正するのも気が引ける。
「みょうじは見られるのが嫌か?」
「ちがっ、くて。そういうわけじゃないんだけど…ほら、岩泉が気になってる女子とかに見られたら大変だから」
「それは大丈夫だ」
「なんで?」
「お前だから」
体の動きか停止した。おそらく数秒くらいだと思う。心臓も一瞬止まった気がした。それくらい、岩泉の言葉が衝撃的だったのだ。
「…ごめん、よくわから、」
「だから俺、お前のこと好きなんだ」
「どう、して、今なの」
「さあな。何となく」
「何となくって」
この空気が嫌でわざと笑おうとした。しかし出てきたのは乾いた笑い声だけだった。
「つーことだから、送ってく」
「ちょっ、ちょっと待って!あの、なんで私なの?他にいい人とかいっぱいいるじゃん。それに、」
「別に理由なんてねーよ。つーか、嫌なら嫌って言えよ。結構くる」
切なそうに笑った岩泉の顔が、窓の外で夕陽に照らされて赤く染まる町並みに似合っていて。ぎゅっと心臓が掴まれたように痛んで、堪らず叫んでいた。
「嫌じゃないよ!私も、岩泉のことが好き」
胸の内に秘めていた言葉は、意外にもするりと口から飛び出した。本当は大人になるまで秘密にしておこうとしたのに。大人になって会う日があったら、その時に言おうと思っていたのに。
私の頬が熱いのも、彼の頬が赤いのも、きっと全部夕陽のせい。


ボールを見る度に思い出してしまう彼のこと。
犬を見る度に思い出してしまう彼女のこと。
多分、もうこれは、仲良くなっているということ。



秋乃様
リクエストありがとうございました!!
私なりのかっこいい岩ちゃんでしたが、ご期待にそえたでしょうか?個人的に岩ちゃんが好きなので書いているうちにテンションが上がってました(笑)すいません。
これからも飛来をよろしくお願いします!
(よければお持ち帰りください)

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