グレーテルは街へ行く
どうしようかと考えて、考えて、結局何も浮かばなかった。
このままでいいんだ。このままの距離感で。何も変えることは無いんだ。
言い聞かせて教室へ足を踏み入れた。
「なまえおはよー」
「おはよう」
そのまま自分の席へ向かう。その際隣の席をちらっと見て、ほんの一瞬だけ見て、席に着く。そこにはまだ私の思い人はおらず、ただの机と椅子が置いてあるだけだ。

その人が来るのは、朝練のある運動部の中でも遅い方だと思う。一度本人になぜ遅いのか尋ねた所、先輩のせいと即答された。どうやら随分部活熱心な先輩らしい。
その時の表情を見て、少しだけ彼を遠く感じた。

結局彼が来たのはそれから五分程経ってからだった。
おはようと挨拶を交わし、もう少しだけ話したかったが先生が来てしまったので口を閉じる。窓から吹き込む涼しい風が、夏並みの暑さにやられた身体を冷やしてくれた。ふわり。白いカーテンが青い空を背景にはためいた。

私と彼が初めて話したのは丁度入学したての頃だった。ベタだが、私の落とした何かを拾ってくれたのがきっかけで、(何を落としたのかは忘れた)一目惚れをしてしまったのである。そして数日後彼の名前を知って、しかしクラスが違うので諦めかけて、すると委員会が一緒になって……という細かい経緯があるがそこは割愛。
とりあえず私は、彼の優しさに心を射ぬかれたのであった。



みょうじ。
荷物を手に帰ろうとした矢先、先生に名前を呼ばれた。
荷物、職員室まで運んでくれ。
そう言われ手渡された鍵。いや、何で私なんですか。言い返す間もなく背を向けられた。
言われた教室まで来て、荷物を目にした私は愕然とした。段ボールに目一杯詰まった教材は、到底私一人で持てる筈が無かった。
あの先生は、私を何だと思っているのか。一つ息を吐いてよいしょと持ち上げる。腰が折れそうだ。

階段まで行った所で少し休憩しようと段ボールを床へ置いた。腰が痛い。キャハハと笑いながら通りすぎていく人達を見て、少し虚しくなった。
こんな筈じゃなかったんだけどな。
溜め息を吐いて、またよいしょと段ボールを持ち上げようとしゃがむと。
「みょうじさん?」
頭上から降ってきた声に、思わず顔をあげる。見なくても声だけで分かった。
「赤葦くん。どうしたの?」
「みょうじさんこそ、どうしたの?」
「私?先生に頼まれた」
「それ、どこまで?」
「職員室。人使い荒くて困るよ」
「貸して」
言うなり赤葦くんは段ボールをひょいと私の手から取り、階段を上っていった。慌てて後を追う。
「いいよ、赤葦くん。部活あるでしょ?遅れちゃうよ」
「いや、別にいいよ。みょうじさんが持つより、俺が持った方が早いし」
「そうだけど、」
「いいから、気にしないで」
そこまで言われるとお願いしたい気持ちになる。せめて半分こしようと言ったが、どうやって半分にするの?と笑われた。その通りでした。
それから他愛もない話をして、職員室に辿り着いた。少し寂しくなったのは秘密。

先生に渡して貰って、改めて礼を言った。やっぱり赤葦くんは格好いいと思う。気が利く所とか、褒めても調子に乗らない所とか。
「じゃあ、またね」
「うん。さよなら、赤葦くん」
手を振って廊下を歩いていく彼。少し見つめて、私も鞄を取りに教室へ向かった。



「これ……」
教室へ入ると赤葦くんの机の上にノートがあった。確か明日提出の課題があったはず。これは届けなければならない。
という理由が見つかって少し嬉しくなる。部活動をする赤葦くん。一度だけ、一瞬だけだったら神様も我が儘を聞いてくれるだろう。
浮き足だつ気持ちを抑え、足早に体育館を目指す。

「うわぁ……」
窓から中を覗くと活気に満ちた人達が活動していた。
少し怖じ気づきながら恐る恐るドアへ近づく。ふーっと深呼吸して開けようとした瞬間。
「うおっ!?」
「ひゃっ!」
急にドアが開き、中から出てきた人にぶつかった。そのまま尻餅をつく。
「わりぃ!見えなくて、ごめんな、立てるか?」
「あ、はい。大丈夫です」
立ち上がってスカートを直す。向かい合ってわかったのは、彼はとても背が高いということ。
「誰かに用事か?」
「あ、えっと…あ、赤葦くんに」
「わかった。おーい!あーかーあーしー!!」
唐突に体育館に響いた声で、中にいた人達が一斉にこちらを向く。普通に呼んできてくれればよかったのに、と思うがもう遅い。
「なんですか、木兎さん…って、」
「あ、赤葦くん。ごめん、邪魔しちゃって…」
「用があるんだってさ!じゃあ後はよろしく!」
「あ、ちょっ!」
「大丈夫だ、適当に誤魔化しとくから!」
ぐっと親指を突きだし颯爽と去っていく木兎さん。ついでにドアも閉めていった。ありがた迷惑というか、でもこれはこれで嬉しいというか。
「えっと、どうかした?」
「これ、ノート。机の上にあったから、明日課題あったでしょ?だから…」
「そうだったんだ、ありがとう」
「ううん、いいの。さっきの人が前言ってた先輩?」
「うん、木兎さん」
「なんか面白い人だね」
「うるさいけどね」
「そっか…」
頑張って繋いだ会話がふいに途切れる。何か、何か話さなくちゃ。弱い頭を必死に回転させる。
「「あのさ」」
声が重なって少し恥ずかしくなった。それは彼も同じだったようで、照れたように頭を掻きながら、お先にどうぞと私を促した。
「いいよ、赤葦くんからで」
「いや、俺大したことないから」
「私だって、どうでもいい話だし」
「いいから」
「う、ん…」
何を考えていたんだっけ。頭が真っ白になった。
作文なんかを読むときに内容が消えてしまうそれとよく似ていた。
ぽろり。口から出たのは思いもよらない言葉だった。
「赤葦くんて好きな人いるの?」
「え?」
はっとして口を押さえた。何を言っているんだ、私。
顔に熱が集まる。困惑している彼の顔が見れなくて、あらぬ方を見ながら慌てて誤魔化す。
「ごめん、何でもないから今の忘れて!あ、部活邪魔しちゃってごめんね!じゃあバイバイ!」
自分でも驚く程のスピードと滑舌でくるりと赤葦くんに背を向ける。今日が金曜日でよかった。明日気まずくならすに済むから。

「待って」
腕を掴まれた。触れられた部分が熱を持つ。
期待してしまう。これから言われるであろう言葉がわからないほど、私は子供ではなかつた。
「俺、いるよ好きな人」

背中で感じた彼の声は、やけに熱かった。

「俺の、目の前、」
「あかーし!!休憩終わりだぞ…って!」

驚いて振り返ると木兎さんがしまったという顔をして固まった。赤葦くんはため息を吐き、私の腕を離して木兎さんに言う。
「すぐ行くんで、先やっててください」
「お、おう…」
木兎さんは有無を言わさぬ気迫に狼狽えながらそそくさとドアを閉めた。
赤葦くんがこちらを見ないまま言った。
「あのさ、もう一回やり直したいって言ったら、笑う?」
「ううん。
じゃあ、私がここで待ってるって言ったらどうする?」
「暗いから中で待ってなよ」
そこでやっと彼はこちらを向いて、私の手をひいた。




神風猫様
大変お待たせしてすいません!
お話は楽しんで頂けましたか?
これからも飛来をよろしくお願いします。

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