日向くんはポジティブ思考だと思う。雰囲気的な意味で。
何故こんな事を思ったのか。それはたぶん、つい最近、バレーをしている彼の姿を見たからだと思う。
友達に誘われて着いていったインターハイ。その時の興奮と感動は忘れられない。あの時の日向くんの飛ぶ姿が目に焼き付いていて…。
体育の授業中、そんな事を考えてはいけないぞ、自分。
未来の自分からの有難いお言葉も虚しく、わたしは飛んできたボールに後頭部を強打した。
不運にも、この時の体育はドッチボールで、男女混合で、自称運動のカリスマさんが風邪で休んでいて強い男子がいなくて…という不幸が重なり重なり合った結果。
わたしはボールに当たった。
運が良かったのは、頭に当たったからセーフだったのと、凄い音が響いていたので保健室に行く許可が降りたのと、わたしにボールを当てたのが、噂の日向くんだった事だ。
だが舞い上がっていられない。
思いの外、さっきの一撃が強くて頭がくらくらする。皆は口々に心配してくれるが、それが本心ではない事を、わたしは知っている。皆に大丈夫、と一言言って体育館を後にした。
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しかし運がいいのか悪いのか。
わたしは保健室まで歩きながらボーっと考えていた。
考えていた人に当てられるなんて、超人でも出来ない気がする。余程の運がいいひとじゃない限り。というか日向くんはドッチボールも出来たんだ。運動部だから当然か。小さいのに凄いな。…なんで日向くんの事考えているんだ!?
頬に熱が集まってくるのがわかる。
平常心、平常心。
保健室に辿り着いたが、赤い顔のまま入りたくはないので暫し待つ。
さっきのは、なんでもない。あれだ、ボールを当てられたのと、最近見たから、その、あれなんだろう。
落ち着け、私。
深呼吸を繰り返して、恐る恐るドアを開けた。
「失礼しまーす…」
中に入っても誰もいなかった。
先生は出張かな…。
心の中で呟いて、取り合えず職員室に行こうとすると。
「いっ!」
突然頭部に激痛が走った。
思わず頭を抱えてうずくまる。
頭が割れそう、痛い痛い痛い。
あまりの痛さに涙が出てきた。
誰か、助けて。
日向くん。
どうして日向くんが出てきたのかわからないけれど、その時はただただ必死で思っていた。
「みょうじさん!」
だから夢かと思った。突然の訪問者に。
「みょうじさん!」
「ひ、なたくん…?」
痛む身体に鞭打って、声の聞こえた方へ顔を向けた。
「大丈夫!?」
「わっ」
思ったより近かったその距離に思わず後退りした。その拍子に後ろの柱へぶつかってまた頭痛が酷くなる。
「ほ、本当に大丈夫!?オレ、先生呼んでー」
「待って」
ドアから出ようとした日向くんの腕を引いた。
どうしてこんな事したのだろう。今日は思ってもいない事をする。
「みょうじさん?」
「お、願い…ここにいて」
一人は嫌だ、ひとりぼっちは。
「いいよ」
日向くんは笑って隣に座った。
「どうして、来たの?」
「ああ。先生に様子を見てこいって言われたんだ」
「そうなんだ・・・」
暫しの沈黙。何を話していいのかわからないのだ。ならばどうしてこんな事をした、自分。
痛みは一向に収まってくれない。
…もうどうにでもなれ!
「…ひ、日向くん、はさ」
「ん?」
「日向くんは、どうして、前向きなの?」
「え?」
あ、引かれた、絶対。
ま、いいか。
「オレ、そんな前向きに見える?」
「うん」
「そうかな…」
頭を掻きながら唸っている彼。不覚にも面白くて笑ってしまった。
「オレ、自分ではそんな事思わない、かも」
「そうなの?」
「うん。だって失敗したらすっげー落ち込むし。テストの点数悪かった時とか、怒られた時とか…」
怒られた時の事を思い出したのだろう。彼の顔が真っ青になった。
それがなんだか可愛らしくて(男子に言ってはいけないが)わたしはまた笑った。
「わ、笑うなよ!」
「笑ってないよ」
「笑ってる!ニヤけてる!」
「ふふふ」
駄目だ、頬が緩むのが抑えられない。
「なんでみょうじさんはそう思ったの?」
「…なんでだろ」
わたしにもわからない。
わからない筈なのに。
「…たぶん、日向くんが羨ましかったんだと思う」
「羨ましい?」
口がすらすらと言葉を紡ぐ。
隣にいる彼の顔が見れなくて、わたしは前を見つめていた。
「わたし、心から笑い合える友達がいなくて…あ、別に友達がいないとか、虐められてる訳じゃないから。
話していて、感じるの。この人とは違うって感じが。噛み合ってない感じが。
それで、前ね、日向くんを見たの。あと影山くん、だっけ?その人も。
何話してたかわからなかったけど、凄く、何て言うか…生き生きしてた。
楽しそうだった。
それを見てて、凄く羨ましかった。
でも、わたしにはそういう友達がいないの。心から笑い合える、友達が」
これが、わたしの本心だ。
何て醜い、ちっぽけな心なんだろう。
無性に泣きたくなって、でも絶対泣くもんかと唇を噛んだ。
日向くんが此方に身体を向けたのがわかった。でも顔を見たくなかった。嫌われたくなかった。
もう遅いのだけれど。
「みょうじさんに、友達がいないなら…」
それ以上は言わないでほしい、わたしが壊れてしまうから。
わたしは耳を塞いだ。
「っ!聞いて!」
日向くんがわたしの手を引き剥がした。
「…い、いやだ!」
「いいから、聞いて」
真剣な眼差しで彼はわたしを見つめた。そういえば私は今まで彼の瞳を見たときがない。
吸い込まれるくらい、綺麗な眼だった。
「みょうじさんに、友達がいないなら、」
聞きたくない。
「オレが友達になるよ!」
「…え?」
聞き間違いだろうか。
「…なんて?」
「だから!オレが友達になるよ!」
…どうして、そうなった。
「オレが一緒に笑い合える友達になるよ!
…嫌、かな?」
「…」
驚いて言葉も出ない。
でも、
「…嬉しい。凄く、嬉しい」
「ほんと!?」
初めて、かもしれない。こんな事を言われたのは。
でもそれは、わたしが相談しなかったせいだから。
初めて会った人にこんな事言われてもちゃんと分かってくれる、日向くんは凄いと思う。
やっぱりポジティブ思考だ。
「…あのさ、みょうじさん、オレと影山を見てたって言ったよね」
「うん」
「…」
日向くんは何か言いたそうにして、口を開いたり閉じたりと繰り返していたそして急に赤くなったり青くなったりして、首を振ったり、下を向いたり…。
どうしたのだろうと声を掛けようとすると。
「みょうじさん!」
「っ!はい!」
急に顔を上げる物だから、驚いて大きな声が出てしまった。
「みょうじさん…」
「はい」
日向くんは大きく深呼吸をした。
「あの、さ。もし良かったらなんだけど…」
「うん?」
「…オレと、付き合ってください!」
「え!?」
驚きすぎて、展開に着いていけない。
「オレも、ずっと見てたから、みょうじさんの事」
「そう、だったんだ…」
気付かなかったわたしって、馬鹿?
よくよく考えてみれば一日数回目が合っていたような。
「ごめん、変な話して。じゃあ、オレ帰るから!」
立ち上がってドアから出ようとした彼の腕を引っ張った。
デジャブ。
「みょうじ、さん?」
「わ、わたしも!」
伝えなきゃ、わたしの気持ちを。
今じゃなきゃ、駄目なんだ!
「わたしも、好き」
いつの間にか、頭痛は治まっていた。