金曜日、次の日は学校がないから嬉しい。そんな単純な脳みそでできている私は一日絶好調だった。
…はずもなく、途方にくれていた。


これは、かなり、やばい。


リンチなう、である。
やられている方は、同じクラスで割と仲のいい女の子。やっている方は、確か同じ学年のヤンキー少女たち。

一対六とは卑怯な!

などと言えるわけなく私は柱の陰から見ていた。
どうやらヤンキーたちはみんなのアイドルオイカワくんにメロメロで、マネージャーのクラスメイトちゃんが気にくわないらしい。

そんな理由でリンチですか!

私のツッコミも虚しくマネ彼女は金髪の赤い爪の人に叩かれた。
ばちんと乾いた音が響く。
その場に倒れる彼女。
ゲラゲラと品のない笑い声が彼女の上から浴びせられる。

「ざまあみろよ!」
「オイカワくんはあんたなんか好きじゃねーんだよ!」
「思い上がんなブス!」
「ほら、立てよ!」

一人が彼女の腕を掴んで無理矢理引っ張った。
何か、キラリとしたものを持っている。


ここまで見て我に返った。
あれ、ヤバイ。
本格的に。

どうしよう、どうしよう。
私が出ていく?
何が出来る。臆病な私に。
誰か呼ぼう。
ダメだ。遅すぎる。
そんなことしてたら、彼女は。



もう、偽善者でもいい。あの子を助けなきゃ。

置いていたゴミ箱を持って、少し後ろに下がる。そして思いきり走ってあの人たちの手前で盛大にこける。

「きゃっ!」

我ながらあっぱれ。
よくやった。
ヤンキー少女たちは驚いた顔で私を見る。マネージャーの彼女も例外ではない。そして、私の顔は凄くひきつっているだろう。演技ではない、本当だ。


ここから、どうしよう。


「すいませんっ!」

大声で謝り、"ゴミ捨てに行こうとして盛大にこけたドジっ子"を装う。ゴミを広い集めようとすると手を踏まれた。

「いっ!」
「てめぇ、なんなんだよ」
「せっかくいいとこだったのに」
「いんじゃね?ついでってことで」
「おっ!やっちゃうー?」
「出たよ悪い癖。すーぐ手が出んだから」

おっとこれは、最悪なパターンか。
巻き沿い食らいますか、私。

ずるずると引きずられてマネージャーちゃんの隣へ。
今にも泣きそうな彼女に笑ってみてせる。


大丈夫だって。


小さい声で言うとヤンキー少女の一人が私の髪を掴んで後ろに引っ張った。
倒れる私に笑い声。

「まずはー、この髪の毛からでーす」

キラリと光るナイフらしき物を金髪から受け取って、私の顔を覗き込んで言った。

この髪の毛好きだったのに。

彼女の方を見ると涙が零れそうだった。
私は大丈夫だよと笑った。
ヤンキー少女は銀色に輝くそれを振りかざした。

ぽろり。

彼女の瞳から涙が零れた。



「ナイフとかあぶねえだろ」

声と共にナイフを持っていた少女の手を誰かが掴んでいた。

いきなり現れた彼は岩泉一といった。同じクラスの普通の男子。密かに思いを寄せる女子がいるとかいないとか。

どうしてそんな彼が、と驚いているとヤンキー少女たちは逃げていった。

「なまえちゃん…」

彼女は泣きながら私に抱き付いた。
未だドキドキする心臓と震えている体を誤魔化すように彼女の背中を優しく擦り、岩泉くんに笑って見せた。

「ありがとう、助けてくれて」
「いや、こっちこそ。こいつを助けてくれてありがとな」

心臓を掴まれたような痛みがはしったけれど、気付かない振りをして別にと言った。

「なまえちゃん、ごめんなさい。私がちゃんとしてれば」
「大丈夫、大丈夫。あいつらが悪いんだから。全然みーちゃんは悪くないよ」
「でも…。あ!!」

突然彼女が私の顔を指差す。驚いて頬を触るとぬるっとした感触と痛みが。
何かの拍子で切れたようで手には血が付いていた。

「ああああ…。ごめんなさいホントにごめんなさい」
「謝んなくていいよ。じゃあ保健室行ってくるから、岩泉くん、あとはよろしく」
「あ、ああ」

彼女に退くよう言って立ち上がる。少し頭がぐらりと揺れた。

大丈夫、ばれてないようだ。

じゃあ、と早足でその場を去る。
私だって空気を読めないわけではない。




「失礼しまーす…」

開けたドアの先には誰もいなかった。先生は出かけているらしい。
残念ながら私は学校で怪我をしたことが無く、消毒液などの類いの物の場所がわからない。

損した。

家に帰ってからでも消毒はできる。あ、確か友達が絆創膏持ってたっけ。どうせ今日も図書室にいるだろうし借りに行こう。ついでに雑談の一つでも話そうか。
ぼんやりそんなことを思いながら回れ右してドアを開ける。

「うわっ!」
「おっ!」

開いたドアの向こう側には岩泉くんがいた。
驚いた。心臓止まるかと思った。

「みょうじ、傷は?」
「あ、先生いないみたいでさ。私、絆創膏とかの場所知らないから、友達に貰おうと思って」
「お前なぁ…。ちゃんと消毒しないとダメだろ」

彼は私の手を引き椅子へ座らせる。そのまま戸棚を開け、ガサゴソ何かをしている。
外では運動部の声が響く。野球部だろうか。カキーンと気持ちのいい音が窓から入ってくる。ああ、どうやら先生は窓を開けっぱなしでいってしまったんだ。カーテンのひらめきに、今、気が付いた。

「こっち見ろー」
「え!?やだ、いいよ。自分でやる」
「いや、お前どうせ見えないだろ」
「いいって!大丈夫!こんなの唾つけとけば治るから!」
「おもしれぇこと言うな、みょうじ。じゃあこっち向け。動くなよ?」
「ちょっと、」

強引に顔を向けされられ至近距離で見つめられる。その視線に耐えられず目を瞑る。


私の顔を見ているんじゃない。
傷を見ているだけだ。
勘違いすんな自惚れ。


心の中で繰り返し唱える。熱くなった頬に、冷たい感触と痛み。いや、痛みは頬だけではないか。
ぎゅっと拳を握って耐えていると絆創膏が貼られた。

「頑張ったな」
「あ、ありがとう」

用は済んだと立ち上がろうとすると腕を掴まれた。

「な、なに?」
「…」

無言。
威圧感が半端じゃないです。
でも私何も悪いことしてないです。

「……みょうじ、何であんなことしたんだ?」
「え?あ、あれ。何でって…みーちゃんを助けたかったから、」
「それなら誰かを呼ぶとか他にもあっただろ?何で自分から危険になるような真似したんだ」
「だって、間に合わないと思ったから…」

だんだん自分が惨めに感じていく。

岩泉くんは、"自分が"彼女を助けたかったんだ。それを私が助けちゃったから、怒ってるんだ。短気だな。

目を瞑って目が熱くなっていくのを堪える。

「…いいじゃん、別に」
「は?」
「私みーちゃんのことが好きだから考える前に体が動いちゃった。ごめんね。今度から、みーちゃんが危ないときは、岩泉くんを呼ぶことにするよ。あ、もうこんな時間。じゃあ私帰るね。みーちゃんによろしく言っといて」

何か言われる前に逃げる。
ドアを開けた。廊下を走る。途中先生に注意された。無視して走る。昇降口を過ぎてしまった。まあいいや。走る。教室。トイレ。教室。走る。ドアをあける。入る。閉める。座り込む。
肩が上下に大きく動く。胸に手をあてる。心臓が叫んでいた。

何で本当のこと言わなかったの?

そんなの、私なんだからわかるでしょ。
頬に流れる涙がその答えだ。

さっき、早口で言っちゃったけど聞き取れたかな。最後棒読みだったけど、まあいっか。
結局、さっきの私は上手く笑えてたかな。

がらっとドアが開いた音がした。背を向けて座り込んでいるからわからない。彼じゃなければいい。

「…みょうじ」

今日の運勢は最悪だったのだろうか。
遠慮がちに掛けられた声と、後ろに立つ気配。

「…さっきは、悪かった。強く言い過ぎた」
「……ううん、いいよ。私だって、悪いことしたんだし」

自嘲気味に笑う。
悪いこと。それはあの子を助けたこと。

「…なあ、なんか勘違いしてないか」
「なんかって?」
「萩沼って彼氏いるからな?」
「え!?」

驚いて振り返ると、思いの外近くにいた彼にもまた驚く。
少し後ろに下がって言葉を待つ。
(因みに、萩沼=みーちゃん=マネージャーである)

「あー、これ、言っていいのかわかんねえけど。…誰にも言うなよ?本人たちは隠してるらしいから」
「う、ん」
「及川だよ。及川」
「オイカワ…?」
「…知らねえの?」
「う、うん」
「…ぶっ!」

岩泉くんはお腹を抱えて笑った。
へ?
私はついていけず呆然とする。
そういえば、岩泉くんの爆笑なんて見たときないや。

「あー、みょうじってほんとにおもしれー」
「え、あ、どうも」
「及川って、バレー部のキャプテン。よく女子が騒いでる」
「…あ、あの」

たまに噂は耳にするけど、あー。だから聞き覚えのある名前だと思ったんだ。


「あと、俺は萩沼を助けたかったわけじゃねえよ?」
「え?」

彼は意味ありげな顔をする。

「みょうじ」
「は、はい」
「俺が一番助けたかった人」
「…え、え?」

これは私が都合のいい妄想だろうか。
本当はそんなこと言っていなくて、ただの脳内変換?
熱がまた顔に集まってくる。
彼は笑って私の頭を二、三回撫で、ぐっと自分の方へ引き寄せた。

ああ、これは夢か?

苦しい、苦しい。
全力疾走したときよりも速く心臓が波打つ。


回りくどいな、岩泉くん。


少しおかしくて笑う。

「…なんだよ」
「岩泉くん」


私は自分の本音を隠していたけれど、岩泉くんには通用しないみたいだ。

言いたかった二文字の言葉を伝えると彼が笑った気がした。

私が言った言葉を彼も唱えると、私の瞳から熱いものが零れた。
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