季節外れですいません。そしてとてつもなく長いです。
「月島くーん!これ、バレンタインのチョコ!」
「…ああ、ありがとう」
「わーずるーい。私もはい、これ」
「私も私もー」
失敗したなと思った。
こんなに早く来るんじゃなかったと。朝練があるとは言えど、月島くんはモテる訳だからもう数名の女子からチョコを渡されていた。
… 無理だ。
わたしは踵を返し教室へ向かった。
「なまえーはいチョコ!」
「わーありがとう!お返しにはい」
「うひゃあああ!なまえの手作りチョコゲット!!」
「不味かったらごめんね?」
「大丈夫!絶対うまいから!」
友達にチョコを渡して席に着く。月島くんに渡す筈だった物はカバンの中だ。
わたしのチョコなんて、貰ってくれる筈が無い。それよりあの子達の方がずっと美味しいに決まっている。
家で考えてきた言葉を心の中に閉まった。
「はあ!?早く渡しなさいよ!」
「声大きいよ」
お昼休み、友達にチョコの事を話すと案の定その人に渡せと言ってきた。
「だってわたしのチョコ不格好だし不味いし他の人のチョコの方が…」
「黙らっしゃい!なまえのチョコちょー旨かったし、形だって綺麗だよ!その辺の女子より女子力高いから安心しなさい!」
「その辺の女子って…」
「いいから行きなさい!当たって砕けてもあたしがどうにかするから!」
「それはちょっといやかも」
友達の後押しで月島くんを探しに行く。
流石に聞いて回るのは嫌だったので彼がいそうな所へ向かった。
すぐにそれを後悔した。
「つっ月島くん!」
何と言う運命の悪戯だろう。
中庭で月島くんを見つけたのは良いものの、彼の目の前には可愛い女子がいた。
顔を真っ赤に染めて上目使いで彼を見つめている。
これは所謂“告白”の現場なのだろう。
わたしはいてもたってもいられずその場から走り去った。
月島くんが、告白されている。
その事実を認めたくなくて逃げ出したのだ。
こんな弱虫のわたしを誰が好きになってくれるのだろう。
見上げた空から降ってきた雪が頬を伝った。
結局チョコを渡せないまま放課後になってしまった。朝から降っていた雪は既に止んでいて西の空が真っ赤に染まっている。
わたしは一人教室に残っていた。チョコを渡す事を諦めきれないでいたのだ。
月島くんが教室へ戻ってくるなんてゼロに等しいけれどもしかしたら、なんて淡い期待を胸に秘める。
三十分程過ぎただろう。
未だ月島くんは現れない。当たり前なのだが。
もう少し待っていようとうつ伏せになる。
あれから三十分以上過ぎた。
当然の結果ながら月島くんは現れなかった。下校時刻を知らせるチャイムが鳴ったので溜め息を吐いた。
チョコを渡す作戦、失敗。
わたしは落ち込みながらノロノロと教室を後にした。
外は暗くなっていて人の顔が見えない程だった。
わたしは帰宅部なのでこんなに遅く帰った事はない。少し恐怖を覚えた。
「え!?月島って、えっ!?」
「そうだぜ!ツッキーはもうすぐ」
「うるさい山口」
「ごめんツッキー!」
声が近づくにつれて胸の鼓動が大きく、速くなっていく。
ああ、神様。
「あれ?みょうじさん?」
「…ひ、日向くん。みんなも」
慌てて笑みを浮かべた。
今のわたしは上手く笑えているだろうか。違和感はないだろうか。
「みょうじさんがこんな時間にいるって珍しいね」
「…うん。色々あってね」
「へぇー」
月島くんの顔が見れない。
会いたい、会いたいと願っていたがいざ会うとどうしようもない苦しみが襲ってきた。
「あ、真っ暗だし送ってくよ!みょうじさん家ってどっち?」
「わたしは…あっちの方」
指を指すと山口くんが爆弾を落とした。
「じゃあ俺たちと同じ道だね」
たち?たちって…。
「じゃあ月島と山口、よろしくな!」
「うん」
「…」
なんてこった。わたしが何をしたというのだ。
わたしは山口くんに肩を叩かれるまでその場に立ち尽くした。
「みょうじさんもそう思う?」
「う、うん」
「ツッキーは?」
「知らない。そんなの興味ないし」
「やっぱり」
山口くんは色々話題を振ってくれるのだが、それどころではない。
月島くんが、わたしの横に。
そう考えただけでもう死んでしまいそうだった。
二人きりならもう死んでいたな、と思った。だからなのだろうか。
「あ、俺こっちだから。バイバイみょうじさん、ツッキー」
「え、あ…。バ、バイバイ」
思った事が起こるなんて。
今日は思った事が本当になる日なのだろうか。
「…」
「…」
若干下を向きながら黙々と足を動かす。凄く気まずい。
ひゅーっと冷たい乾いた風が吹いて身震いした。
「…さむ」
「…じゃあ何でこんな遅くまでいたの?」
小さな呟きを聞き逃さない月島くんは流石だとぼんやり思った。
しかし一瞬で月島くんが返事してくれたんだという事実に気がつき慌てて返した。
「あ!いや、その…色々ありまして…」
「ふーん。誰か待ってたとか?」
図星です。しかもそれはあなたです。
なんて言える訳がなく、どういう言い訳をすればいいのか弱い頭なりに考えていると。
「… 好きな人とか?」
「!!」
ヤバイ、図星です。月島くんはエスパーですか?
ということも言える訳がない。
「…違うよ。そんな人いるわけ」
「じゃあ何で教室にいたの?」
「…み、見てたの?」
「見えた、が正しいけどね」
恥ずかしい。
この寒い中でも顔が火照っていくのがわかった。
「みょうじさんの好きな人って誰?」
ストレートな質問に足が止まる。
このタイミングて言うべきなのだろうか。でも言ったところでどうなる?あの可愛い女の子の告白をokしていたら?わたしは砕けてしまうだろう。
チョコみたいに。ポキっと。そして踏み潰されるのだ。みんなの足で。
彼の足で。
「みょうじさん?」
友達の言葉が頭をよぎった。
もうどうにでもなれ!
「…つ、月島くん」
「なに?」
「わたしの、好きな人は…月島くんだよ、」
言い終わらないうちに温かい何かに包まれた。
「え!?あの、月島く、」
「黙って」
慌てて離れようとするがもっと強く抱きしめられる。
「…ちょっと焦った」
「え?」
「いつもチビちゃんといるから、チビちゃんかと思った」
「…ちが、うよ」
これは、成功したというのだろうか。
「…月島くん、あの、昼休みの女の子は」
「ふーん、見てたんだ。でもあの子は振った」
「なんで!可愛いのに」
「…それ、言わせる?」
月島くんはわたしから身体を離して息を吐いた。
「一度しか言わないから、よく聞いて」
「僕は好きでもない人からチョコなんか貰わないし、貰いたくもない」
「あと告白も受けないし、抱き締めたりもしない」
「あと一緒に帰ったりもしないから以上」
それって…。
「えっと、あの…」
「分かったら早く帰るよ」
「あ、待って!」
嬉しさと恥ずかしさがいっぺんに込み上げてきて泣きそうになった。
月島の背中を見ながら明日友達が聞いたら発狂するだろうと思った事は秘密。
幸せな夢を見る
「つ、月島くん、これ…」
「…なに?」
「…チョコです。えっと、あの、ね」
ずっと前から好きでした。付き合って下さい。