「うそ!」
無い、教科書が。
それに気づいたのはつい先程だった。一時間目が終わり、少しの休み時間で数少ない女友達と会話して戻ってきて次の授業の準備をしていたとき、それに気づいた。
さて、どうしたものか。
もう少し早く気づいていれば借りられたがもう遅い。あと二分程で授業が始まる。
隣の人に借りればいいのだが、席替えをしたばっかりなのであまり会話したことがない。
遅れてもいいやと走って友達の教室へ向かおうとした時、丁度チャイムが鳴った。
わたしは酷く落ち込みながら席に着いて、隣の二口くんに恐る恐る話し掛けた。
「あ、あの、二口くん」
「なに?」
「えっと・・・わたし、今日教科書忘れ…」
「おいみょうじ!お前教科書忘れたのか!」
二口くんに見せて貰おうとすると、先生に怒鳴られた。
そういえば二時間目は数学だったか。担当は鬼と呼ばれる、凄く怖い先生である。忘れ物をすれば長々と説教の嵐。泣かせた生徒は数知れず。
わたしは泣きそうになりながら口を開こうとすると。
「みょうじさんじゃなくて、俺が忘れましたー」
「二口!またお前か!」
適当な声で二口くんが返事をして、それを先生が怒鳴った。わたしは驚いて彼の顔を凝視した。どうして彼が庇ってくれたのだろう。
「全くいつもいつも…」
「すいませーん。でも俺に構ってると授業進まないんで、始めちゃってくださーい」
棒読みな口調で言った二口くん。先生が怒るのではないかとわたしは内心ハラハラしていたが、先生は青筋をたて
ながらも授業を始めた。
「ふ、二口くん!」
「ん?なに?」
授業が終わった休み時間。わたしは彼に話し掛けた。
「あの、さっき、どうして」
「いや、可哀想だったから」
「へ?何が?」
「みょうじさんの顔が」
そんなに変な顔をしていたのだろうか。
「だって泣きそうだったし」
「そうだったかな…」
「まあ良かったよ」
何が?と聞こうとするとチャイムが鳴った。
慌てて教科書を準備していると、はっきり聞こえた言葉。
「みょうじさんが泣いたら俺、結構凹むと思うし。ほら、好きな人には優しくしたいじゃん?」
その言葉に筆箱を落としたのは言うまでもない。
余談だが、先生に赤くなった顔を指摘されて隣の彼に笑われた事はまだ根に持っている。