彼女は足で地面を蹴った 赤司


たくさんの物を壊してまで、私はあなたを欲しくない。けれどあなたは欲しいのでしょう。自惚れではなく、本当に。たくさんの物を傷付け、壊してまで私の元へやってくる。執着。あなたにはそんな言葉が似合います。

「なまえ、来たよ」

ほら、また。あなたはやってくる。毎日朝と夜。短い間でもやってくる。不思議。

「…今日は、早いね」
「仕事がすぐ終わったんだ。あとは副社長に任せたよ」
「そんなんでいいの?」
「いいさ、なまえのためなんだから」
「…そう」

そんなのどうでもいい。ここから出して。
そんな心の叫びを押し込める。

「ねえ、なまえ?」
「…なに」
「愛してる」

愛、愛、愛。
吐き気がするほど聞き飽きたその言葉。どうせならあなたではない人に言われたかった。想われたかった。なのに、どうして。

「おいで」

そう言って私の手を取るあなた。触れあった手は、びっくりするくらい冷たかった。
そのまま彼の腕の中へ誘われる。やはり冷たい。氷のよう。
よく手が冷たい人は心があたたかいなんて言うが、この人は逆。心と体は同じ温度。冷えている。

「なまえ」

もう一度名前を呼ばれて顔を上げると唇が触れあった。目を開けたまま受け入れる。彼の目は凄く綺麗で好きだ。あとは嫌い。

「…なまえ」

そうやって名前を呼ぶのはやめてほしい。私は好きじゃないのに、どうしてこんな。

いつ、歯車が狂ったのだろう。遡ってみても思い当たる節がない。いつの間にか彼と会っていて、いつの間にか恋人になっていて、いつの間にか私は彼の事が怖くなっていて、いつの間にか彼はそんな私に気づいていた。そして、いつの間にか私は彼に囚われていた。
ここは彼の家。とある一室に私は囚われている。窓はない。テレビもない。あるのはベットとトイレとお風呂、そして椅子と机だけ。食事は朝、昼、夜とお手伝いさんが運んでくる。この人は私と会話してくれない。物を叩きつけても一言も声を発しない、人形みたいだと思った。


「愛してるよ、なまえ」



空が見たい、海が見たい、皆に会いたい。
欲しい。
自由が欲しい。
外に出て、陽の光を全身に浴びて、肺いっぱいに空気を吸って、眩しいくらいの青空に、力いっぱい叫びたい。
そして叫んで走って、私は自由だと喜び、そして。


下らない妄想だと、あなたは笑うでしょう。でも、それでも私は希望を捨てないでいるのです。
明日ここを出るため、私はある細工をしました。屋上への通路の抜け道に、です。あなたは私が何も知らないと思っているでしょうが、それは間違いです。
明日。明日私はここを出ます。さようなら。また会うときは、もう無いでしょう。あるとしても、死んでからでしょうね。さようなら。



私が死んだとき、私の欲しい物は全て手に入っていた。




[back]