彼女の目はぼくしか見えない 影山
手を伸ばしても届かないとはわかっていた。わかっていたけれど、でも、どうしても伸ばしていたくて、ずっとそうしていたくて。
だから。
「あ、影山くん!おはよ!」
「…はよ」
「聞いてよ、さっきね、月島くんと山口くんにも会ったんだー。相変わらずだった」
「…そうか」
その口から、俺以外の名前が出てくるだけで吐き気がする。
頼むから俺だけを見ていてくれ。
頼むから。
「あ、やっちゃんだ!じゃあね影山くん!」
彼女は走って行ってしまった。
どこへ?
遠くへ。
俺の手の届かない場所へ。
見えない所へ。
彼女は中、高と同じ学校だった。
家は近くない。
ただクラスは今までずっと同じだった。
高校生になって、初めて教室に入ったとき彼女がいて思わずニヤけそうになった。
神様なんて信じてはいないが、この時ばかりは感謝していた。
これが俺とみょうじの関係。
みょうじは俺のことをただのクラスメイトとしか思っていないだろう。
俺の心の内を知らずに。
黒い黒い心の内を。
「…おい、おきてんのかこのやろー!」
「…うっせぇボゲェ」
「!!」
「影山が変なんです!」
「日向、それはな、恋ってやつだ!」
「そうだ!誰かに恋してるんだ!」
「そうなんですか!?」
「…本当かなぁ?」
「……さぁね。まあ、王様に恋されちゃったその子、かわいそうだね」
「ツ、ツッキー!」
恋か。これが恋か。否、違う。これは恋なんて生温い物じゃ、ない。
もっともっと、熱いもの。
もっともっと、深いもの。
一体なんなんだろう。
答えはいつまでも出なかった。
ある、特に何の変鉄もない、どうってことない日だった。
俺はテストの居残りで少し部活を遅れて行くことになっていた。本来ならそれすらサボりたい所だったが、なんとそこには彼女がいた。
「…みょうじ、なんでいるんだ?」
「あー。この日休んじゃって、それで」
「そうか」
これは好都合だった。他にも生徒は何人かいたが、別にそんなのどうでもいい。
彼女がいる。
その事実は俺を舞い上がらせた。
しかし、それもすぐに消えることとなる。
全て解き終わって、ちょうど彼女も解き終わったところで、それなら少し話して帰ろうと廊下を歩いているところだった。
「あれ?なまえじゃーん。あれ?浮気?」
「なわけないでしょ」
「さっすがぁ。まあせいぜい浮気されないよーにねー」
「もー、うるさい!」
浮気?
なんだよ、それ。
「…みょうじって、付き合ってたのか?」
「あ、うん」
「えー、知らなかったのぉ?」
俺はこの女子特有の語尾の伸ばし方が嫌いだった。
「なんか、中学のセンパイなんだってー。しかもイケメン!うわ、ちょっといやだわー」
「もういいから!あっちいって!」
しっしっと彼女は手で追い払って赤くなった顔を扇いだ。
照れていて、でも満更でもなさそうで、それを見て俺は凄く腹がたった。
「…誰?」
「え?あー、やだ。絶対言わない。恥ずかしい」
「…俺でもわかる人?」
「え?まー、うん」
まさかと思った。
そんなはずないと。
口は勝手に動いていた。
「…及川さん?」
「……うん」
顔を両手で覆って彼女は言った。
ああ、今すぐ。
あの人を。
やはり俺はあの人に勝てないのだ。
何をしても。
勉強も、部活も、恋も。
何をしても負けてしまうんだ。
まて。
それなら。
赤い顔を隠している彼女を見てはたと思った。
彼女を俺のものにすればいい。
一生、一緒にいよう。
永遠に。
それが唯一、俺が勝てる作戦だ。
この感情は、恋なんて生温いものではなかった。
執着、だった。
俺は静かに後ろから彼女の首に手をかけた。