彼女は世界だった 岩泉


「岩…泉?」
「別れよう、なまえ」

何でだろうと思った。
私が何かしたのかと必死で記憶を辿る。
その間にも岩泉は教室を出ようとしていて、はっとして腕を掴んだ。
無言で振り払われて私は机にぶつかった。
派手に椅子が倒れる。ドアが音をたてて閉まる。風が吹いてカーテンが揺れる。運動部の声が聞こえた所で頭が急に冷えていった。

彼のあの目が、目に焼き付いて離れない。



あれから私たちは一度も会話していない。元々クラスは違かったので、ただの同級生という関係になった。
そんな私たちに誰も何も言わなかった。気付いているのかいないのか。でも今はそれが有り難かった。
少なくとも私はまだ彼のことが好きだから。



お弁当を出していると、花巻が話しかけてきた。

「なあ、岩泉とみょうじって、付き合ってるんだよな?」
「…」

言ってしまったら認めてしまう気がして嫌だった。
だから敢えて無言を貫こうとしたのに。

「いや、先週別れた」

及川が同じクラスだったことを忘れていた。だから花巻がいるんだ。ということはバレー部は、みんないて。
彼は本当に私のことが嫌いになってしまったらしい。
花巻は信じられないといった顔で、私たちを交互に見る。胸が締め付けられて、何日か振りの彼の声が嬉しい筈なのに顔を見れなかった。

「は!?何で!?」
「別に。お前に関係ねぇだろ」
「えー」

ああ、いっそ幼馴染みという関係だったら、少しは楽になれただろうか。
彼は花巻を無視して教室から出た。

追いかける、なんてことはしない。出来ない。
また振り払われたら、今度は立ち直れないから。



別になんてことない。
なんてことない。



放課後の部活終わり。つい癖で人を待ってしまう私を、誰か笑ってくれ。
教室で友達を待っていると、なぜか及川が入ってきた。

「どうしたの?」
「昼休みの聞いてたんだ。…ねえ、岩ちゃんが、何であんなこと言ったかわかる?」
「……わからないよ。だって、」

ただの……なんなのだろう。同級生?元カノ?
もうそれしか共通点がない。
事実が悲しくてうつむいた。


いっそのこと、及川を好きになってしまえばいいのかな。

変な考えに苦笑する。


「…本当はこれ、本人が言うべきだし、言う必要もないんだろうけど、なまえちゃんが誤解してるようだから言うね」





「岩ちゃんはなまえちゃんのこと、嫌いになってないよ」

「岩ちゃん、気づいてるよ」
「なまえちゃん、大学遠くへ行くんでしょ?」
「そしたら遠距離恋愛でしょ」
「それが怖いんだって、岩ちゃん」
「振られるのが怖いって」
「信じてないわけじゃないけど、そっちの方がいい男がいるだろうから、もう別れて別々の道を歩んだ方がいいって」
「だからもう忘れてくれるように振ったらしいんだけど」
「その様子じゃ諦めてないみたいだから」

及川は笑って外を指差した。

「追いかけてくれば?まだそこらへんにいるだろうし。遠距離でもいいって、叫んできなよ」
「…うん。ありがと及川」
「もし砕けたらそんときは俺が慰めてあげよう」
「よろしくね!じゃあ!」
「頑張って」

ひらひらと手を降る及川に感謝しながら外へ飛び出した。






俺の気持ちも知らないでさ。







「ねえ、岩泉っ!」

道路の向こう側にいた彼に叫んだ。
彼は振り返って驚いた顔をしていて、何だか嬉しかった。

「なまえ」
「岩泉!!」

横断歩道を駆け抜ける。
速く、速く、速く。
急いで。足よ、彼の元へ。

「まって!!」

光が見えた。眩い光が。
大きな音に負けないよう、
力いっぱい叫んだ。

「はじめっ!大好き!!」





私は綺麗な月を見た。
風が当たって、火照った身体には気持ちがいい。
悔いは無い。
何も無い。
思いを伝えられてよかったと思った。
ああ、星が綺麗だな。
私もあんな星になれるかな。








空に手を伸ばすと指先からが零れた。



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