体育館にて、及川 

「なまえちゃん!」
「え!あ、はい、なんでしょう」
「ここから出たらさ、デートしよう!」
「…え?」
「だから!ここから出たらデートしよ?」
「…あの、何でですか?」
「えー、なんとなく」

何を言い出すんだこの人は。半ば呆れて苦笑する。

「えっと、それは」
「ダメ?」
「…考えさせてください」
「やったあー!!よし、こんなとこ速く出よっ!」
「えっと、あの…」
「おいクソ川!みょうじが困ってるだろ!」
「いーじゃん。ある程度の目標を持っていればやる気が出るでしょ!」
「そりゃそうかもしんねぇけどよ…」

岩泉さんが頭をがしがしと掻いた。
イライラしているようで、めんどくせえという呟きが聞こえた。

「…いいですよ、デート」
「!!ほんと!?」
「でも、出られたらですよ」

言ってから、出たくない人みたいだなと思った。

「絶対出られるし!やったあ!デート!」
「…みょうじはいいのか?」
「だって、及川さんに真面目にやってほしいので」
「なまえちゃん厳しい!」
「みょうじって面白いな」

岩泉さんは笑ってわたしの頭を撫でると、誰かに呼ばれて席を発った。

「…ねえ、本当だよね?」
「デートのことですか?」
「うん」

いつになく真剣な顔でこちらを見るので背筋が伸びる。

「本当、ですよ」
「絶対?」
「はい」
「約束ね。なまえちゃんを絶対ここから出してあげる」
「わたしだけじゃなくて、及川さんも一緒に出ましょうね」

ここの皆さんも一緒に。
そう続けようとすると温かい何かに包まれた。
視界の横に茶色い髪の毛が揺れた。

「お、及川さん!?」
「…ごめん。少しだけ、」

少しだけ、このままでいさせて。
一瞬見えた彼の耳が真っ赤だったことは、本人には禁句だと思う。

どちらも耳まで真っ赤になった頃、岩泉さんが走ってきて及川さんを引き剥がした。



こんな温かい空間が、ずっと続けばいい。怖いことなんて起こらなければいいのに。
そう願った。


 



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