▼ 26.徒然
目を瞑って、ゆっくり深く息をする。
背中を擦ってくれる手が温かい。
涙は止まっていた。
「ありがとう。月島くん」
「別に、あんたが暗いと調子狂うから」
「ふふっ」
少し嬉しくなって涙を拭った。
目が乾いて痛い。でも何故だかそれが愛しく感じた。
「いーなー。及川さんもぎゅーってしたいー」
「はぁ…」
「みょうじさんが元気になったことだし、これからどうするか考えようか」
後ろからは化物が、前には消えていく世界が。
この状況をどうやって回避すればいいのか。
どうやらこの世界は深く考えさせてくれないらしい。
…ナイ…イナイ…。
オ、カアサン…。
茂庭さんの息を呑む音が聞こえた。
ボクラノ…オカアサン…。
しゃべってるよ…、と及川さんが真顔で言った。
タイセツ、タイセツ、ミツケル、ハヤク。
足音がこちらに近付いてくる。
キエル、マエニ…ナクナルマエニ…。
影が見えた。歪な影が。
オカアサン、オカアサン…。
赤い目をぎらつかせながら真っ直ぐこちらに向かってくる。
ボクラノダイジナ…。
両手を伸ばしてのたりのたりとやってくる。
オカアサン。
…止まった。
化物は手を伸ばしている。しかし歩は止まった。
どうしたのだろうと周りを見ると、
「…う、そ」
そこにあった暗闇は綺麗に消えて、新築の廊下になっていた。
明るい日の光が窓から廊下に反射してキラキラと輝いている。
先程とは違う光景。
但し、一番違うものが一つ。
「どうして…」
みんな、いないの。
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