必然 | ナノ


19.寂然

「いっ!」

どんっと思いきりお尻を打った。目を開けると黒いジャージが目の前にあり驚いて後ろに下がった。

「…何で下がるの」
「あ、いえ、お構い無く」
「会話になってないから」

辺りを見回すと壁のない真っ暗な空間が広がっている…と人の声が聞こえた。

「……かーしぃー」
「煩いです、また何か来たらどうするんですか…あ」
「あ!」

声の聞こえる方へ目を凝らすと、案の定髪の長い女に追いかけられていた二人組がいた。
二人組はこちらに気付くと特徴的な髪型の人が走ってきた。

「ツッキー!!ツッキイイイイイイ!!」
「げ…」

何故か月島くんの名前を知っていて、本人は凄く嫌そうな顔をしていた。

疎外感。


「会いたかったぜツッキーー!!」
「僕は違います」
「え!?」

ツッキークール、と言いながら背中をバシバシと叩く特徴的な髪型の人。月島くんが敬語で話している為、どうやら先輩らしい(高校は違うが)。

「ところでその人は?」

黒髪のクールさんがわたしを見て言った。少し目付きが鋭くて冷や汗が流れた。

「えっと、烏野高校一年の、みょうじなまえです」
「そうですか」
「俺は木兎!よろしくな!」

ばっと直ぐ様手を差し出してきた木兎さんに自分も手を出した方がいいのかと迷っていると、痺れを切らした彼は無理矢理わたしの手を取って強引に握手した。

「よろしくな!」
「え…あ。よろしくお願いします」
「あかーしも自己紹介!」
「はぁ…。二年の赤葦です」

あっさりとした自己紹介はまだわたしの事を信用していない証拠だろう。よろしくお願いします、と会釈して月島くんの隣に戻る。

「何でお二人はあれに追い掛けられていたんですか?」
「ああ、それは…」
「俺が箱の蓋を開けたら飛び出してきたんだ!」
「という訳です」
「箱…ですか?」
「箱だ!」
「箱ですね」
「…そうですか」

箱って何ですか。箱って。

「とりあえずここから出ようぜ」
「どうやって出るんですか」
「そりゃあ…肩車してあそこからでる」
「高すぎて出れないですよ」
「凄い発想ですね」
「じゃあどうやって出るんだよ!」
「…さあ」

…チリン

不意に鈴の音が聞こえた。辺りを見回してみても何も無い。不思議に思って月島くんに声を掛けた。

「あの…」
「何?」
「あの、さっき、鈴の音、聞こえなかった?」
「鈴?」
「鈴」
「いや…全然」
「そっか…ごめんね」

それではさっきの音は気のせいだったのだろうか。
さっきの発言で赤葦さんの目付きが鋭くなる。ああ、言わなければよかった。

『ねえ…頂戴』

すぐ後ろ、耳元で微かな声が聞こえた。幼い子供の、掠れた声が。
ばっと振り向くと半透明で服が焼け焦げている男の子が立っていた。

「うお!!」
「みょうじさん!」

月島くんがわたしの腕を引いて、男の子との距離を取った。
男の子は眉を下げて手を伸ばした。

『おねえちゃん…頂戴?』
「な、にを?」

恐怖は通り越すともうどうでもよくなるらしい。わたしは男の子に問い掛けた。

『……おねえちゃんがほしい』
「…わたし?」

男の子はにっこりと笑うと一歩わたしに近付いた。
月島くんの腕を掴む力が強くなる。

「…みょうじさん、走れる?」
「え、あ、多分」
「合図出したら全速力で走って」

返事する間もなく赤葦さんが叫んだ。

「逃げろ!!」

すると男の子の顔の右半分が焼けただれ、右腕が一気にぽとりと落ちて腐敗した。
そこまで見届けると月島くんに腕を引かれ走り出した。

男の子の叫び声を聞きながら、行くあてもなく全速力で駆け抜けた。

 

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